32.勇者のオーラ
怯えている。
ケルベロスがのっしのっしと音を立てて自分達の方に向かって来ていたのに、その歩みがどんどん遅くなり、しまいには三つの首をすくめてキュウウン……とその図体には似つかわしくない、かなり情けない声を出して進むのを止めてしまった。
「お、おい……どうしたんだ?」
「え、ど……どうなってんのこれ?」
魔術教官も、それからアレットを始めとする生徒達の間にもざわめきが広がる。
生徒達は、自分達が戦う筈だったケルベロスのいきなりの状態変化に唖然とするばかりだし、魔術教官は致命傷を負わない程度に生徒達を襲う様にケルベロスに仕向けていたにも関わらず、言う事を聞いてくれない事に対して戸惑いの色を浮かべている。
一体何がどうしてこうなったのか分からないまま、ケルベロスが怯えている為に一旦レウス達のチームの魔術の実践授業は後回しにして、別のチームから先にやって貰う事にする。
レウスとアレット達のチームは邪魔にならない場所まで移動して、他のチームの実践風景を見学する。
それと同時に、レウスはアレットに対して疑問を投げ掛けた。
「何がどうなっているんだ、あのケルベロスは?」
「さあ……私に聞かれても分からないわよ」
「前にもこんな事があったりしたのか?」
「ううん、こんなの私も初めてだもん」
アレットが話した所によれば、こうした魔物を相手にする授業は既に何回も行われているらしく、その時は何事も無く実戦形式で戦いを繰り広げて授業として成り立っていたのだと言う。
しかし、今回の様な「魔物が怯える」現象はアレット達にとって初めての経験だし、先程の魔術教官のリアクションからしてみても初めてらしい。
しかもその後のチームとケルベロスとの実戦形式の戦いでは、ケルベロスは怯える事無く普通に戦いを繰り広げているのでますます謎である。
そしてレウスとアレットのチーム以外の戦いが全て終わり、もう一度このチームがケルベロスに対してバトルを挑む事になったのだが……。
「おいおい……だから一体これは何なんだよ?」
レウスが呆れた様な口調になるのも無理は無い。
さっきまで他のチームとは元気にバトルをしていた筈のケルベロスが、いざレウスとアレット達のチームと対峙するとまるで別の魔物を召喚してしまったかの様に、最初と同じく足を止めて怯えてしまう。
これでは授業にならないと判断した魔術教官が、ふとレウスの方を向いてこう指示を出す。
「あー……君、名前は?」
「俺ですか? レウスです」
「レウス君、君だけちょっと離れてくれないか? 向こうのチームと一緒の位置に」
「え……あ、はい……」
今までの授業でこんな事はありえなかった。
しかし今回は編入したレウスを含めた授業を初めて行なった結果、こんな異常事態になっているのでもしかしたら……と魔術教官が一旦レウス抜きで授業を進め始める。
するとレウスが移動してケルベロスから離れるに従って、そのケルベロスの目に段々と光が戻り始め、足取りも元の状態に戻って行くでは無いか。
「あれっ、元気になったわね!?」
「って事は……お前が原因だったのか?」
クラスメイト達が次々に、レウスとケルベロスを交互に見比べる。
それもそうだろう。レウスがチームから抜けた途端、以前と同じ様に魔物との実戦形式での訓練が出来る様になったとなれば、原因は誰の目から見ても確実にレウスにあるとしか思えないのだから。
その一方で、ケルベロスが自分に対して怯えていた理由をレウスも薄々分かっていた。
(もしかしたら、俺に常人の十倍の魔力が蓄積されているだけあって、それがケルベロスを怯えさせる原因になったのかも知れない……いや、きっとそうだろうな)
前世の長い冒険の中で、レウス……アークトゥルスは確実に強くなっていた。
その過程で体内に魔力をかなり溜め込む事が出来る様になり、気が付けば弱い魔物や野生から飼い慣らされている魔物は、その魔力の多さから彼に近づく事を恐れて離れていったのである。
現に、アレット達と出会った森で遭遇した魔物の集団や暴走状態のギローヴァス等は、臆する事無くレウスに向かって来ていたのがその証である。
(俺の魔力から発せられるオーラは、野生に近い生活をしていればしているだけ分かりやすいってアークトゥルス時代に有名な魔術師に言われた事があったけど、今の時代でもそれが同じだなんて……くそ、参ったな。本当にどうしてこうなったのか、俺自身が知りたいもんだ)
勇者アークトゥルスの生まれ変わりとしてでは無く、一般人として大人しく暮らそうと思っていたのに、まさかこんな所で勇者のオーラの弊害が出て来るなんて思ってもみなかったレウス。
事実、レウスのオーラが原因なのがアレット含むクラスメイト達にも魔術教官にも分からないまま授業は終了したが、一部のクラスメイト達は何か恐ろしいものを見る目つきでレウスを見る様になってしまった。
ギルベルトに言われるがままにこの学院に編入した事を、真面目に後悔するレウス。
それでも彼は、この学院の学生として卒業まで頑張り続けるしか選択肢が無いのである……。




