329.第一試合(レウスvsドリス)
トーナメント開始の時刻がやって来た。
レウスは再び部屋にやって来た先程の金髪の騎士団員からそう告げられ、控え室から出されてコロシアムのバトルフィールドへと歩き始める。
カツコツとブーツの音を二人分響かせながら薄暗い通路を抜け、太陽の光と観客の熱気が降り注ぐ石舞台へと向かうのだ。
「今日は何万人集まっているんだ?」
「さあ、数えた事が無いから分からんが……少なくともこのコロシアムの八割程度は座席が埋まっているぞ」
「ならそれなりに人が入っているんだな」
そう言いながら進んだ先には、昨日の予選の時とはうって変わって即席の石舞台が作られていた。
その石舞台の上には、遠目からでも分かる程に派手なオレンジ色の髪の毛の女が居る。そして審判役は、今しがたレウスを案内して来たこの金髪の騎士団員が務めるらしい。
決勝トーナメント一回戦の相手は、あの最初の選手達の控え室で一悶着を起こしたヒルトン姉妹の妹の方である、ドリス・エルシー・ヒルトンだったのだ。
「ふーん、貴方が最初の対戦相手って訳ね。まさか初っ端からこうして顔見知りの人と当たるとは思っていなかったわよ」
「俺だって同じだ。だが負ける気なんて更々無いぞ」
「私だって同じよ。姉様もきっとこのトーナメントに勝ち上がって来ている気がするから、貴方を倒して決勝まで行って、姉様にも勝って私は優勝するからね!!」
「ふん……対戦相手も知らないのに良く言えたもんだ。それじゃ始めるとしようか……」
試合前の「口撃」がお互いに終了し、二人が己の使う武器をそれぞれ構えた所で審判役の金髪の騎士団員の声が上がった。
「決勝トーナメント一回戦の第一試合は、レウス・アーヴィン対ドリス・エルシー・ヒルトン!! それでは……始めっ!!」
いよいよ決勝トーナメントの一回戦が始まった。
レウスの相手のドリスはハルバード使いである。レウス自身は今回、槍のリーチに物を言わせてガンガン攻め込む戦法で戦おうと考えていたのだが、相手の武器もリーチがある上に斧の部分があるので破壊力でも不利である。
しかし、だからと言って恐れずに攻めなければ今回は勝ち上がっていけないと考えていた。
相手が自分に対してどう出て来るかを待つよりも、相手に対して攻めて攻めて攻めまくる。下手に守りに入って悔いが残ったまま終わるよりは、一人の参加者として限界まで攻めてそれで負けた方が本望だからだ。
なのでドリスに対しても、ハルバード使いだからと言って臆する事は無い。
(予選は確かにレベルが高かったが、それでも勝ち抜く事が出来たんだから自信を持って良い筈だ!)
レウスは自分に心の中でそう言い聞かせる。
それに今レウスが立っているこの石舞台の外は、こうして決勝トーナメントで石舞台を使った戦いが繰り広げられる上で、そこから落下した時の衝撃を和らげるべく元々砂地になっている。
なので、この立地条件を上手く使えば行けると彼は踏んだ。
ふーっと息を吐き、一直線に突っ込んで行くレウス。それを見てドリスはハルバードを構え、レウスの向かって来るルートを読んで迎え撃つ。
(それは幾ら何でもまっすぐ過ぎでしょー?)
明らかに直線的な動きだと思い、まっすぐハルバードを突き出してレウスのみぞおちに重い一撃を食らわせて、悶絶させて一気に終わらせてやろうと思ったドリス。
だがレウスはドリスの動きを見て、ハルバードが突き出されるタイミングを見計らった。
「すっ!」
息を吐きながらパンっとハルバードを槍で上手く弾き、そのままの勢いで突っ込んで屈みながら腕を伸ばす。
その伸ばした腕でドリスの右足を掴んで、足首を脇腹に押し付ける様な体勢を取ってから、素早く内側に身体を捻って錐揉み回転をしながらドリスを投げ飛ばす。
「うえっ!?」
幸いにも外の砂地に落下はしなかったものの、体勢を立て直して起き上がる前にレウスの足が顔面に迫って来る。
「ぐへぇ!?」
顔面を抑えて悶絶したドリスに対しても容赦はせず、マウントポジションをとって男と女の体格の違いで抑え込みながら、ドリスの腹、胸、顔にパンチのラッシュを叩き込む。
「そ、そこまでっ!! 勝者、レウス・アーヴィン!!」
それを見ていた審判の騎士団員がストップを掛け、この瞬間試合続行不可能でレウスの勝ちが決定した。
ドリスは起き上がれる様な状態では無い。
だけど起き上がれる様な状態にまでしなければ試合続行になってしまい、自分がやられる展開に繋がる……とレウスは考えていた。
「……」
そんな相手を冷めた目つきで見下ろし、レウスは無言で観客席のどよめきとざわめきと視線を感じつつ、階段五段分の高さしか無い低い石舞台から下りて行った。
残されたドリスは主に上半身に痛みを感じながら、明らかに悔しそうな声色でこう呟いた。
「姉様……ごめんなさい……」
騎士団員とコロシアムに控えていた医師に介抱されながら、こんなに呆気無く負けてしまうなんて思ってもみなかった彼女は、一緒に決勝トーナメントに進んでいるかも知れない姉に向かって自分の弱さの謝罪をする事しか出来なかった。




