30.知った理由(後編)
そのふらつく身体を足に力を込めて支え、レウスは再度尋ねる。
「でもそれだったらますますエドガーさんに話しておくべきだっただろうがよ。それから俺の親父にも……。あの二人は世界を旅していた冒険家だったんだからさ」
「いいや、それは出来ねえよ」
「だから何でだっつってんだよ!!」
さっさと言えとばかりに口調が荒っぽくなるレウスに対し、ギルベルトはようやくその理由を述べ始める。
「考えてもみろ。お前がアークトゥルスの生まれ変わりだってのを知っているのは今は俺とお前と、それから国王陛下の三人だけしか居ねえ。仮に俺達以外にバラした所で信じる奴も居るだろうし信じない奴も居るだろうが、余り大っぴらに言いふらしてしまえば、それだけ古のドラゴンの復活を企む奴等に今度はお前が狙われる事になるんだぜ?」
「……それは……」
「それに、俺は今まで色々な戦場で戦って来たのもあって相手の魔力をかなり正確に感じ取る事が出来るんだが、お前は常人の十倍以上の魔力を持っているだろう?」
「…………ああ。分かるのか?」
今までの自分が怪しまれない様にやって来ていた「ある事」を、このギルベルトはあっさりと見破った。
それだけでもかなりショックなレウスに、ギルベルトは更に続ける。
「分かるさ。お前はその魔力の多さを魔術で隠しつつ、人目を避ける様にひっそりと生きて来た。さっきお前は俺に言ったよな。もう一般人として静かに暮らしたいんだって。それは分かるが……どうやら今回のドラゴン復活に関して、その赤毛の二人組を中心にかなりの数の人間や獣人が動いているらしい。この世界を壊そうと企んでいる奴等がな」
「この世界を……」
「そうさ。だから俺はお前をこうやって極秘裏に呼んで、そして腕を試させて貰ったんだよ。お前が本当に勇者アークトゥルスの生まれ変わりなのかって事と、もしそうなら勇者って呼ばれてただけの実力があるのかって事を確かめる為にな」
何だか段々スケールの大きな話になって来ているのを感じ取ったレウスは、また自分がこの先、世界を巡る様な事になるかも知れないと考えてしまう。
「それはそうとして……俺は一体この先どうすれば良いんだ? まさか今すぐ旅に出ろとか、そんな事をそっちは考えている訳じゃないよな?」
「ちげーよ。ただ、将来的にはそうして貰うぜ。流石に今すぐってーのは編入させたばっかだからこっちも命令として出せねえし、編入させた理由はお前をこの王都に引き留めておく為だからさ。それにお前も、自分の墓に行ってみたくないか?」
「俺の墓……俺の……」
「生まれ変わる前の記憶、あるんだろ?」
「いや、そりゃまああるけどさ。でも……凄く中途半端な所で切れてるんだよな」
「中途半端? 何だそりゃ?」
「そのままの意味さ。俺は仲間達と一緒にあのドラゴンを討伐し、そして……その後の記憶が無いんだよ」
「えっ?」
思いがけない返答に、ギルベルトは呆気に取られた表情になった。
「おいおいちょっと待て。それっておかしくねえか?」
「何がだ?」
「だって聞いた所によれば、アークトゥルスはドラゴンを討伐した後に世界を救った勇者として讃えられ、そして壮大な墓まで建てられたって話だったから……あれ?」
「何だよ?」
ふと自分の考えを述べるのを止め、ギルベルトは顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「そういや……その他の勇者達については何処で没したとかってのがしっかり言い伝えられているが……アークトゥルスについては詳しい没地が今も分かっていないんだ。一説によってはドラゴンを討伐した時に一緒にドラゴンと息絶えたとか、自分一人だけ何処かに旅に出たとか、妻と子供に囲まれて幸せに暮らしていたとか……言い伝えがバラバラなんだよ」
「ああ……それは多分、最初のドラゴンと一緒に息絶えたってのが一番合っているかも知れない。俺はあの時、ドラゴンを討伐した後に身体に強い衝撃を感じて、気がついたらこの時代に転生していたんだ」
「そうか……それは確かに気になるな」
アークトゥルスとしての自分の死没について情報が錯綜しているのなら、確かにレウス自身にとってもそれは気になる話だ。
ドラゴンを討伐した後に身体に感じたあの衝撃が、その後の記憶を失う切っ掛けになったのは間違い無さそうである。
しかし、今はそれよりもこの先の学院での生活で、自分の正体がバレないかどうかが不安なレウス。
「とにかくいずれにせよ、こんな夜中に呼び出して済まなかったな。学院に戻る時にはこれを持っていけ」
そう言ってズボンのポケットからギルベルトがレウスに差し出したのは、複雑な文様が描かれている、手の平サイズの紫の石であった。
「これは?」
「これを使えば五秒間だけ魔術防壁を消せる。お前が防壁を破って出て来られたんだったら戻る時は安全に戻れ」
「安全……なのか?」
「安全さ。また極秘で呼び出すと思うからその時はよろしくな、レウス・アークトゥルス・アーヴィン」
「勝手にミドルネームにすんな」
何だか納得出来ないながらも、学院の関係者が起きる前に帰らなければ怪しまれるのは必死なので、レウスはギルベルトに別れを告げてその場を後にした。




