318.予選の裏で
ユフリーが予選を観戦し始めた頃、彼女から魔術通信で連絡を受けた青髪の男は事前にユフリーが場所を下調べしておいたセバクターの屋敷へと向かっていた。
青髪をセンター分けにしている黒眼の男は暗い金色の上下のいで立ちに黄色いブーツを履き、手には指無しの緑色の手袋をはめている。
そして腰の紫色に染め上げられた革製のホルスターに、ユフリーの使っているタイプとはまた少し違う形のハンドガンが収められている。
それを茶色のベルトでズボンから下げており、尻の方には同じく茶色のベルトで括り付けられているショートソードが存在感を示していた。
一目見ればそれなりに目立つ格好なのだが、武術大会が開催されて大勢の人間や獣人が行き来している現状では警備に当たっている騎士団員達も彼のその恰好までなかなか目が行き届かなかった。
(えーっと、確かユフリーの奴が話していたセバクターって奴の屋敷ってのはこっちだったか?)
事前に下調べをしていたユフリーからの情報を基にして、目立たない様になるべく路地裏を通る男はスタスタとセバクターの屋敷へと向かっていた。
コロシアムの中にレウスと言う男を始めとする全員が入って行ったのをユフリーが確認しているので、今は誰も居ない筈である。
そもそもこのユディソスにだって、この男は正式な方法で入って来たのでは無い。
カシュラーゼの実権を握っている魔術師ディルクが魔法陣を作り出し、ユディソスの路地裏に彼を転送させたのである。
なので腰のハンドガンを見咎められる事も無ければ、ハンドガンを使ってこのユディソスで人や動物を殺した所で入国審査を通っていない人間なのだから尻尾を掴み難いと言うメリットがあった。
(でもなあ……帰りは自分で帰って来いって言われちまったよ……)
転送魔術は固定された転送陣を使って転送させるのとは違って、自分で人とか物とかを転送させるとかなりの魔力が必要になる。しかもそれが人数や物が多くなればなる程、それから距離が遠くなればなる程に魔力の消費も激しくなる。
また、大まかに座標をセットするよりも細かく指定するのも魔力が必要になるので、転送魔術は魔術師達にとってかなり疲れるものである。
かなりの集中力と卓越した魔術のテクニック、そして大量の魔力を消費するのはディルクも嫌な上にレウス達を先にこのエスヴァリークに転送させてしまったので、それで魔力を消費していたのも不満の原因だった。
なのでエスヴァリークからの脱出は自分で何とかしてくれと言われてしまったこの男は、まずセバクターの屋敷をしらみつぶしに調べてさっさと逃げてしまおうと決意する。
(ユフリーの奴がそれなりのタイミングで切り上げてくれるのが一番良いけど、問題はその予選に出場している奴等が勝ち上がる事なんだよな)
レウス達が勝ち上がれば勝ち上がる程、ユフリーもレウス一行の監視の為に闘技場に残らなければならないし、もし決勝トーナメントまで進んでしまった場合には明日もまた観戦が必要になる。
その場合には自分もユフリーと合流して情報を共有するのにこのユディソスに居続けなければならないので、出来れば早く負けて欲しいと願う。
(あいつ等を陥れる為の計画は着々と進んでいるんだ。その為にもセバクターの屋敷で色々と仕掛けをしなければな……)
大がかりな罠を張り巡らせて一行を屋敷の中で殺すのは無理である。
そもそもそんな目的でセバクターの屋敷に向かっているのでは無いし、例えそうだったとしても道具も時間も人員も無いので自分一人では諦めるしか無いだろう。
これからやるべきなのは、レウス達に罪をなすりつける為に必要な情報をセバクターの屋敷から見つける事だ。
(見えた、あれだな……)
そう考えながら路地裏を抜けた男の目に飛び込んで来たのは、事前情報でユフリーから仕入れていた通りの佇まいの屋敷である。
ただし正面からそのまま入って注目される訳にはいかないので、周囲の目をそれなりに気にしながら素早く屋敷のそばにある生い茂った茂みの中に入って隠密行動を開始。
ガサガサと音を立てながら進んで屋敷の裏へと回り、勝手口のドアノブをグイっと引っ張ったり押したりしてみて鍵が掛かっている事を確認する。
勿論それは予想済みだったので、男は腰のハンドガンをホルスターから引き抜いて鍵を壊そうとする。
(でもこのまま撃ったら音が響くから、その為に俺はこれも用意して来たんだよ)
懐から取り出したのは、ハンドガンの筒の先端よりも一回り大きな別の筒。その筒の先端にはかなり小さな穴が開いており、赤子の小指が入るか入らないかの大きさしか無い。
その穴の開いた筒をハンドガンの先端にキュルキュルと回して取り付け、しっかりと固定されたのを確認してから銃口をドアノブに向ける。
そして引き金を引けばユフリーが五人を殺害した時と同じく魔力の弾丸が発射されたものの、パンパンと頬を平手打ちをする様な音は響かない。
その代わりにパシュッ、パシュッと奇妙な小さい音が響き、ドアノブが破壊されて鍵も開いた。
やはり消音器を用意して来て正解だった……と自分の用意周到さを自画自賛しつつ、男は勝手口からセバクターの屋敷へまんまと侵入する事に成功した。