317.予選開始
既に疲弊した状態になっているのはペーテル以外の残りのメンバーもそうである。
ペーテルは落ち着いて検査を受け、そして終わったと言うので涼しい顔をしていた。自分達と同じ検査を涼しい顔で潜り抜けたのかと思うと、やはり伊達に年を食っていないと言う事だろうか?
アークトゥルスだった頃のレウスでも、こんなに厳しい身体検査も持ち物検査も受けた事が無かったので疲弊していた。
「それでは予選をこれから始めますので、この控え室の方は付き添いの方以外は会場の方へとどうぞ。付き添いの方は付き添いの方用のお部屋がありますのでご案内致します。まずは出場選手の皆様からどうぞこちらへ」
ニーヴァスの声に従って一行は移動を開始する。
付き添いのアレットとペーテルとは別行動になり、レウスを始めとする参加者一同は熱気の漂うコロシアムのフィールドへと案内された。
光が余り入らない薄暗い通路を抜けて、太陽の光が差し込む屋外へと出た瞬間には既に歓声が幾つも上がっていた。
「すげ……」
レウスも思わずそう呟いてしまう程の広さ。そしてアークトゥルスの時代にも参加した経験のある闘技大会を思い出して懐かしさを感じた。
しかし、係員のニーヴァス曰く本戦の歓声は勿論これとは比べ物にならないレベルであり、本当に闘技場が声によって揺り動かされているかのような錯覚に陥ってしまう程のエネルギーがあるらしい。
そんな歓声が投げ掛けられているコロシアムの内部では、事前に予告されていた通り石を積み上げられた壁でバトルフィールドが区切られており、同時に複数の戦いが進められる様になっている。
この仕切りが決勝トーナメントではトーナメントが進むに連れて減らされていき、最終的に仕切りが全て取り払われて一対一の戦いで決着がつくのを見られる訳である。
「俺はこっちか……」
「私はあっちね」
「お主達も私も頑張ろう」
「ああ、やれるだけやってやるさ。貴様達も負けるなよ」
「俺はこんな所で負けちゃあいられねえ」
「行くか……」
「はーあ、さっさと予選を終わらせなきゃね!」
「ドリス、油断は禁物よ」
レウス達六人と、ヒルトン姉妹がそれぞれ別の区画へと散らばってそれぞれの対戦相手と戦う為に動き出した。
全部で八人の戦いが今、幕を開ける。
◇
その様子を観客席の隅の目立たない場所で確認していたユフリーは、隠し持っていた携帯通信用の魔晶石で連絡を取り始める。
「こちらユフリー。例の六人が予選に出場して戦いを始めたわ。これから観客席でそれぞれの戦い方を分析する為に観戦を始めるわよ」
『分かった。こっちはこっちでセバクターとやらの屋敷に忍び込んで、何かあいつ等を陥れる為の道具が無いかを探してみる』
「よろしくね。何かあったら私もそっちに行くから」
青髪の男と連絡を取り合いつつ、自分はとにかくこの予選で見える範囲でのあの六人の戦いを観戦しておかなければ、もしこの先で六人の内の誰かと戦う事になった時に有利に戦いを進められなくなってしまう。
やはり一番注目すべきなのは、アークトゥルスの生まれ変わりだと言われているレウスとか言う男なのだが、その他の五人についても見られるだけ見ておきたいのがユフリーの本音だった。
実を言えば、今でもユフリーは彼がアークトゥルスの生まれ変わりだと言う話は全然信じていない。
最初にカシュラーゼのディルクから話を聞いた時には、正直「はあ?」と言う感想しか出て来なかったし、今でも遠目でこうして見ている限りでは他の参加者と何も変わらない。
(えーと、確か荷物の中に望遠鏡があった筈だけど……)
元々個人的に世界各国を見て回るのが趣味な上に、偵察の任務等が入る事も多い彼女に取っては望遠鏡で景色を眺めたり敵陣の様子を探ったりするのにこのアイテムが欠かせない。
キュルキュルと望遠鏡の長さを調節し、今の段階で見られるだけ見ておく。
(何人かに絞るとしましょう。まずあのステーキ屋で出会った二人の内の片割れ……確かエルザとか言ったかしら、茶髪の。彼女は確かマウデル騎士学院の首席だったから彼女も要注意。それから銀髪の男は良く分からないけど今は別に放っておいても良さそうね)
サイカとソランジュの冒険者コンビも優先順位は低い。
問題なのはもう一人……今回の依頼を受けたカシュラーゼで陣頭指揮を執っているディルク達と一緒に行動していたセバクターと言う男が、アークトゥルスの生まれ変わりだと言う男の仲間になってしまったのかどうかの確認も必要だ。
自分と一緒に行動している青髪のあの男からの連絡によれば、そのアークトゥルスの生まれ変わりだと言う男の両親とマウデル騎士学院の学院長もこちらの仲間であり、両親は自分達の息子がうすうすこの事件の核心に迫っているのでは無いかとの不安を抱いているらしい。
もし、セバクターが本当に裏切ったのであれば二人纏めて殺さないといけない。
(今までの依頼とは比べ物にならない位に破格の料金でこの仕事を引き受けたんだから、私もしっかりやらないとね!)
そう考えるユフリーだったが、まさか自分がこの先で思わぬ展開に遭遇してしまうとは思ってもみなかったのだった……。