313.城下町での再会
朝日が昇るのをセバクターの屋敷の窓から遠目に眺めながら、レウスはとうとうこの日がやって来たかと気合いを入れる。
エスヴァリークの三か月に一回の武術大会が、いよいよ開幕する。
武術大会が近付くに連れて段々と人が多くなって来ていたユディソスの城下町だが、開幕初日となる今日は多くの見物客や参加者の関係者などでごった返すのだ、とセバクターからの情報がある。
だからこそ、この前のハンドガンを使ったと思わしき変死事件の様な犯罪が、それも裏路地の一角で行われたとなれば何時も以上に目が届かない原因にもなる。
そのハンドガンとやらの事件にこれ以上巻き込まれる前にさっさとこのエスヴァリークから脱出したいと考えていた。
「さぁ、さっさと俺以外の奴を全員倒してトーナメントを駆け上がるだけだな……」
「俺以外、じゃなくて俺達以外……でしょ?」
「そうだったな」
レウスが振り返った先には、既にコロシアムへと向かう為に武装して準備を整えた他のメンバー達の姿。
そして出場選手である六人のサポート役として同行するペーテルと、彼に声を掛けたアレットも居る。
屋敷の中に居ても徐々に聞こえて来る城下町のざわめきが、嫌でも武術大会当日が来たのだと実感させてくれる。
まずは予選を勝ち抜いて、そしてトーナメントを勝ち上がる。
そのトーナメントの相手が誰であろうと、そしてどんな展開になろうと自分はその頂点に立たなければドラゴン討伐の参加資格も与えられないのだと肝に銘じ、立て掛けておいた自分の槍を手に取った。
「良し、それじゃあ行くぞ」
「ああ。この二日間の日程の一日目で終わったなんて事にならない様にしないとな」
エルザがそう言いつつ先陣を切って屋敷の外へと出て行く。
その彼女の後を追ってコロシアムに向かい始めたレウスの脳裏に、ふとペーテルから教えて貰った事が思い浮かんだ。
『毎回、二日間の日程で武術大会は行なわれます。一日目が予選となり、ここで大量の参加者の方が涙をのんだり己の技量の無さに落ち込んだりして敗退します』
『へー、そうなんだ。もしかして死人が出たりもするのか?』
『今は滅多にございません。武術大会が始まって十回大会の頃までには多数の死者が出る事もありましたが、参加者が減るのを恐れた運営側が「もし相手を殺した場合は即刻失格とする」とルールを改正した事によって、参加者達も激増しました』
『出るには出るって事か……』
参加者が激増すればするだけ、予選から決勝に向かうチャンスが狭くなると言う事である。
しかし、ペーテルの見立てでは今回の武術大会の参加者はそこまで多くは無いらしい。
「何時も開催されている大会であれば魔術師でもトーナメントを勝ち上がれる者が多いのですが、今回は事情が事情ですからね」
「ああ。物理攻撃だけで魔術の使用は一切禁止。回復魔術も防御魔術も駄目。回復はトーナメントの自分の試合が終わった後ってルールだよな?」
サィードの再確認にペーテルが頷く。
「左様でございます。まぁ、それとは関係無しに三か月に一回のこうしたお祭りイベントですから、人の流れが多くなるのは致し方無い事ではあるのですがね」
「確かになー。出店とかも沢山出てるし、子供から大人まで人間も獣人も問わずにやっぱり賑わっているよな」
変死事件が起きた日よりも確実に人の往来が激しくなっているのを見て、ソランジュも納得の表情を浮かべる。
だが、その人の流れに飲み込まれない様に進む一行の元に、見知った顔の人間が現われたのはすぐの事だった。
「……あらっ?」
「あれ、貴女は……」
「おや、確か貴様はゆ……ゆ……ええと……」
「ユフリーよ。どうもお久し振り」
相変わらずの薄灰色のフード姿のユフリーに再会するのは、ステーキ屋で相席になった時以来のアレットとエルザ。
しかし他のメンバーとは初対面なので、それぞれが最低限の挨拶をする。
そして一行が歩いて行く先を見やり、ユフリーは納得した表情を浮かべた。
「そうか、今日はもう武術大会の初日だもんね。どう、行けそう?」
「やってみないと分からないが、とにかく全力を尽くすだけだ」
「そうよね。と言ってもステーキ屋で話した通り私はみんなのサポート役で着いて行くだけだから、応援よろしくね」
「勿論よ。あ、でも朝ご飯がまだだから出店で何か食べてから行くわ。確か予選からだったっけ?」
「ああ。それを勝ち抜いたら明日の決勝に進める」
「へー、頑張ってね。観客席で見守ってるわよ!」
そう言って朝食を摂りに向かうべくユフリーは踵を返したが、彼女がフード付きのマントの下に着込んでいる灰色のジャケットの懐が、一瞬まばゆく光ったのにサイカが気が付いた。
「……っ!?」
「どうした、サイカ?」
「いや……あのユフリーって人の懐に、何か光る物が入っていた気がしたんだけど……」
「え?」
それが何だったのかユフリーに確認しようにも、既に彼女の姿は行き交う人の波に紛れて見えなくなってしまっていた。
自分達もここに居たら邪魔だし、早く受付に向かわなければ順番待ちで長い時間が掛かるので、サイカはユフリーと名乗ったあの女に対して覚えた違和感を一旦忘れて、他のメンバーに続いて再び歩き出した。