312.武術大会前の暗雲
エルザの他人事の様な発言にカチンと来たサィードが彼女に念を押すが、それとは別の不安が今度はサイカからもたらされる。
「それはそうとして、私が気になっているのはそこじゃないのよ。もしそのカシュラーゼ産のはんどがんとか言う新開発の兵器が今回の事件に使われたんだとしたら、カシュラーゼからの追っ手がこの国に来ているって事にならないかしら?」
「……確かに、それはそうかも知れないな」
レウスの呟きに場が凍り付く。
それに続いて、ソランジュがセバクターに聞いてみる。
「なぁセバクター、お主はそのはんどがんと言う物について色々と詳しく説明してくれていたが、その量産体制が整っていると言う話は聞いた事はあるか?」
「いや、無い。俺が掴んだ情報としては、そのハンドガンと言う物はまだ開発したてで改良の余地がまだまだあるって話だったし、実戦で使用した場合にどうなるかって言うのも分かってないらしいから、実用化はもっと先になるんじゃないかと」
「となると、今回その路地裏で起こった変死事件に使われたと思わしきハンドガンについては、実戦のデータを取る為に使われたのかも知れないわね」
「くそったれ……何処まで性根の腐った奴等なんだよっ!!」
アレットの分析を横で聞いていたサィードが、苛立ち気に床をブーツの裏でガンッと蹴り付けた。
それを冷ややかな目で見ながら、レウスはこれからの事について考える。
「床に当たり散らすよりも、これからの事を考えよう。とにかく俺達は武術大会に参加して、生物兵器かも知れないそのドラゴンを討伐する為の権利を得るべく戦うんだ。参加者が何人居るかは分からないが、まずこの参加した六人全員が決勝トーナメントに進む事が出来ればそれだけでチャンスは大きくなる」
「けど、そう甘くは無いぞ」
本来、このエスヴァリークが地元であるセバクターが冷静に呟いた。
彼曰く、世界中の戦士達の聖地と言うだけあってそれこそエスヴァリーク以外からも腕自慢が集まって来る。
時には一国の騎士団長をも凌駕するレベルの腕前を持った者も出て来るらしい。
そんな連中を相手にして本当に勝ち抜けて行けるのか分からないまま、今はとにかく武術大会に集中する事が大事だと考えるレウス達一行だったが、一行の居るセバクターの屋敷から遠く離れているリーフォセリアのマウデル騎士学院では三人の男女が密会を交わしていた。
◇
「どうやらあの子が私達のやっている事に気が付くのも、もしかしたら時間の問題かも知れないですね」
「ああ。まさかディルク様の包囲網を突破するなんて計算外だったな」
ファラリアが溜め息を吐く横で、エドガーがうーんと唸り声をあげて腕を組む。
しかし、その二人とは対照的にアーヴィン商会を率いているゴーシュは冷静だった。
「レウスが古の勇者アークトゥルスの生まれ変わりだと聞いた時には流石に驚いたが、そう考えるとディルク様のセキュリティを突破してもおかしくないだろうな」
「それは俺も分かる。だが、俺達がそのアークトゥルスの生まれ変わりを相手にするとしてどうする? 俺がここの鍛錬場で見た時に、あいつは凄い魔術を何発もぶっ放していた。それこそディルク様レベルのものをな」
かつて、親戚でもあるエルザと一緒に見てしまったあの光景を脳裏に思い浮かべて身震いするエドガーだが、自分達がディルクと繋がっている事はどうやらバレていない様である。
「とにかくだ、セバクターの野郎がちゃんと動いてくれるかどうかだけどそれも何だか雲行きが怪しくなって来てっから、こっちはこっちで何か対策を考えねえとな」
「そうですね。色々と情報を流してくれているから助かっているけど、もしかしたらレウス側についたって可能性もあるかも知れないし、ここはディルク様達と連絡を取り合って何とかするしか無さそうね」
あの子がこれ以上力を付けたら、今まで進めて来ていた計画が全てパーになってしまうかも知れない。
その為にも今は、色々と裏から手を回して新兵器の開発をサポートしているのだから。
「でも実験に関しては成功したらしいから、量産体制に一歩近付いたな」
「うん。魔力を詰められるだけ詰めて、そして発射するって言う仕組みはシンプルかつ高性能で凄く実用的なんだけど、問題は魔力切れなのよねー」
実験の成功に喜ぶエドガーに対して、それで浮かれていてはいけないと戒めるファラリア。
開発段階の武器はまだ実用化されていないだけあって不安も付き纏うので、ゴーシュもそれを懸念していた。
「確かにな。だがそれと同時に、こうした新しい兵器の弱点は想定外のトラブルが起こる所だろう。仕組みが簡単なのは良いが、あの狭いパーツの中に魔力を切り分ける構造の装置を無理やり押し込めた様なものだから、いざって言う時に弾丸が出てくれないと命取りだぞ」
「ああ、それもそうか……」
実験はまだまだ続く。
レウス達に暗雲が立ち込めているのと同じ様に、新兵器の開発に関わっている者全てにも暗雲が立ち込めている。
早急に事を進めなければならないストレスと、実戦でトラブルが起きた場合の対処はどうするかと言う事を考えなければならないストレスの二つがぶつかり合うチグハグさが、この騎士学院に居る三人の間に流れていた。