308.動き出す新開発兵器(その2)
「えっ、相席がおかしいの?」
「それはおかしくない。だが何故わざわざ私達の席を案内したのだろう? あの店の席は確かに埋まっていたが、他にも一人で四人分の席を使っている獣人やら、二人の人間で四人用の席に向かい合わせに座ったりもしていたのだから、その利用客に頼んで使わせて貰えなかったのだろうか?」
「うーん……頼み辛かったか、それとも単なる偶然で私達の席に来ちゃったかのどっちかじゃないのかしら?」
怪しい……。
何となくだが今更そう思ってしまうエルザと、考え過ぎだと楽観的な姿勢のアレット。
だが、今の段階ではあのユフリーと名乗った女については何も分からないので屋敷に戻る事しか出来なかった。
本当は彼女が話していた小さいサイズのドラゴンについて聞き込み調査をしてからにしたかったのだが、ステーキのボリュームがあったので満腹感が二人を襲っている。
この状態でもう歩き回りたくなかったので、まずは屋敷に戻ってそれから他のメンバーにもこの話をしてみる事にした。
そんな二人の後ろ姿を振り返って一度見てから路地裏に入ったユフリーは、その路地裏をヒタヒタと歩いて例の人物との合流場所へと向かう。
マントのフードを目深に被って歩くその姿はさながら魔術師を連想させるのだが、その下に着込んでいる灰色のジャケットの懐にはずっしりとした金属製の物体が収められている。
それを渡してくれた人物に今から会いに行く為に歩いていると、路地裏でたむろをしていた浮浪者と荒くれ者の集団が彼女に目を付けた。
「おいおいねーちゃん、こんな場所に一人で入って来ちゃ危険だぜえ?」
「……」
「駄目だよ、こんな夕方にこんなに暗い路地裏に入って来ちゃあ。しかも女一人でさ」
「……」
「そーそー。私達みたいなのに狙われちゃうからね」
気が付けばあっと言う間に五人の男女に道を塞がれているユフリーだったが、そのフードの下の表情は恐ろしいまでに「無」だった。
何の感情も読み取れないその顔からは一種の不気味さを覚えるが、数の有利さからかまだ路地裏の男女には余裕が見て取れる。
その五人の内、一番屈強そうなスキンヘッドの男が下品な笑い声を上げながらユフリーに近づく。
「へっへっへ……姉ちゃんよお、これから俺達と夜のお勉強しようぜ? なーに心配すんな。花びら広げてちょっとそれをいじくり回すだけさ。それで良い勉強になるんだから有り金全部で勘弁してやるよ」
「……」
「ねえちょっと、さっきからずっと黙っているけど何とか言ったらどうなのよ?」
黙ったままのユフリーに対して苛立ちを覚えた女の荒くれ者が、懐からナイフを取り出してそれをユフリーに突きつけようとしたその瞬間、ユフリーは懐から金属製の見慣れぬ物体を取り出した。
「あん? 何だそりゃあ?」
至近距離で向けられたその物体は、細い筒の先に小さな穴が開いている。
その筒にくっ付けられているのは持ち手の部分で、片手の手のひらに収まる大きさの物体として成立している。
そして右手の人差し指が湾曲した部分に掛けられているのだが、屈強な男を始めとした五人の人間と獣人達はその見知らぬ物体を目の前にしてキョトンとした顔つきになっていた。
「まさかそんな変な物で俺達に対抗するってのか?」
「へぇーっ、どうやって使うのか知らないけど……面白そうだからそれも頂きだっ!!」
そう言いながら狼獣人の男がその物体を奪い取ろうと手を伸ばしながら近付いて来た、次の瞬間。
パンッ、と。
「……え?」
頬に平手打ちを食らったかの様な乾いた音が、夕暮れの路地裏に響き渡った。
その直後に覚える痛み。しかしそれは頬では無く、腹からじわじわと胸や腰に向かって広がって行く。
そのゆるゆると回る痛みに対して、狼獣人の男は苦しそうに呻き声を上げながらゆっくりと膝を付いた。
「うぐ……っ!? こ、このアマ……何をっ」
パンッ。
次にその音がした時には、狼獣人は声を上げる事も無く後ろに倒れていた。
他の四人の荒くれ者達がその異常な状況に気が付いたのは、狼獣人が眉間に風穴を開けて血を流し、自分達の足元に脳漿を撒き散らしながら既に絶命していた時だった。
「うっ、うわ……!?」
「お、お前何だそれぇ!?」
「きゃ、きゃああああ」
口々に驚きと恐怖が入り混じった声を上げる荒くれ者達だが、最後に上がった女の絶叫は唐突に中断された。
パンッと言う音がした次の瞬間には、狼獣人と同じく眉間に赤黒い風穴が開けられて鮮血と脳漿が薄汚れた路地裏の地面に撒き散らされた。
その光景に足がすくんで動けない他の二人の男達も、ユフリーは容赦せずに筒の先端を向けてパンッ、パンッと音を響かせる。
男の足に風穴を作り、胸にも作り、そして頭にも作る。
気が付けばスキンヘッドの男以外の四人が、成す術無く絶命して路地裏に倒れていた。
「ひ……ひいいいいっ!!」
腰を落としてしまい動けなくなってしまった男に対し、夕日の逆光の中ゆっくりとフードを被った女が近付いて来る。
男が最後に見たのは、逆光で暗くて良く見えない顔の中に浮かび上がる、夕日と同じ位のオレンジ色の冷ややかな瞳。
「おっ、お前、何なんだよ!? なっ、た、頼む、助けてくれぇ!!」
「嫌」
たった一言だけ聞いたその女の声を最後に、脳天に一瞬の熱さを感じた男の意識はそこで途切れた。