307.相席
「どうも、失礼します」
「ああ……どうも」
相席の客としてやって来たその金髪の女は、二人と同じく名物のステーキとサラダのセットを注文してから二人に向かって戸惑いがちに話し掛ける。
「あの……もしかして、貴女達も武術大会に参加する予定なんですか?」
「ん、いや……私は違うわ。こっちの茶髪の人は参加するけど」
「そうなんですか。私は世界各国を旅しているんですけど、丁度武術大会があるって言うから見てみようと思ってて……」
「へー、そうなのか。だがそれにしては随分と計装じゃないか?」
荷物も何も無しに手ぶらで出歩いている女の姿に突っ込むエルザだが、女は自分の姿を見下ろしてああ……と頷いた後に答えた。
「荷物はもう宿の中なのよ。今日はここに着いたばかりだから色々とユディソスの街中を見て回ってみようと思ってね」
「なるほどな。ちなみに何処から来たんだ?」
「私? 私は北の方から来たのよ。シルヴェン王国からね」
「……それ、何処の国?」
「すまん、私もそこまでは分からないな……何処にあるんだ?」
マウデル騎士学院でトップの成績を誇っているエルザでも、その国の場所は分からなかった。そもそも初めて聞く国でもある。
それに対して女は苦笑いをしながら、なるべく簡潔に済む様な説明を始めた。
「えーっとね、場所としてはアイクアル王国の領土内にある王国ね。小さな国だけど、最近メキメキ勢力を伸ばして来ているのよ」
「へぇーっ、ここからどの位掛かるのかしら?」
「うーん、まっすぐ何処にも寄り道をしないで行くとしたら全部で十日位だけど、私は随分遠回りをしちゃったから全部で二十日位掛かっちゃった」
「となればかなり遠い国なんだな」
実際の距離は地図で調べてみないと分からないので何とも言えないのだが、彼女はそのシルヴェン王国と言う場所から来たらしい。
そして次の瞬間、衝撃的な話を彼女が切り出した。
「でもシルヴェン王国からすぐに離れて良かったわよ」
「何で?」
「だって、そっちにドラゴンが現われたのよ。それも黒いのがね」
「ど……ドラゴン!?」
「ええ。ど、どうしたの? 何だか凄く驚いているみたいだけど……」
「あ、いや、ええと……ドラゴンって言えばかなり大きい魔物だからびっくりしちゃって。でも良かったらもっと聞かせてくれないかしら?」
まさかの発言にアレットもエルザも驚いて女に詰め寄る。
この場面でドラゴンの話が出て来ると思っていなかった二人は、驚きながらももっとその事について詳しく教えて貰おうと女に詰め寄る。
しかし、女のドラゴンの話はかなり予想外のものだった。
「良いけど……そのドラゴンってかなりちっちゃいのよ?」
「え?」
「小さいドラゴン?」
「うん……大きさで言えば馬のサイズって所かしら? 少なくとも私が聞いた話だとそれ位の大きさだって」
「ええ~?」
にわかには信じられない話だ。
今までの常識から考えると、ドラゴンは鋭い爪と牙とそして巨大なボディを持っている魔物として認知されている。
しかしそんなに小さいサイズのドラゴンが居るとなれば、世紀の大発見であろう。
だが、そう考える前にアレットとエルザの二人には思い当たる節があった。
「それってもしかして、今このエンヴィルーク・アンフェレイアの世界中で噂になっているって十匹のドラゴンの話じゃないの?」
「あー、確かカシュラーゼから逃げ出したんじゃないかって話が出ている?」
「そうだ。そのドラゴンの話だったらこのエスヴァリークでも出ていてな。そのドラゴンの討伐の為に今度の武術大会が開催されるらしいんだ」
「へぇ、じゃあそれに勝った人が討伐に向かうって感じ?」
「そうなんだ。……あ、ステーキが来たぞ」
三人分を纏めて作ったらしく、このテーブルに座っている女三人のステーキとサラダのセットが次々にテーブルの上に置かれて行く。
そして女はステーキに手を付け始めたのだが、食べている途中にアレットがある事を思い出して話し始めた。
「ああそうそう、そう言えば貴女の名前をまだ聞いていなかったけど……何て言うの?」
「私? 私はユフリーよ。別に名前なんかどうでも良いけど……貴女達は?」
「私はアレット。この茶髪の人はエルザよ」
「そう。それはどうも」
女はユフリーと名乗った。
なかなか珍しい名前だなと思ったのだが、この時はそこまでしか思考が働かなかった。
もしここで彼女の怪しさに気が付いていたら、ステーキを食べるのを途中で止めてでもアレットもエルザも屋敷へと戻っていたのかも知れない。
しかし、ユフリーの座っている場所が場所なだけに席を立って逃げ出す事も無理だっただろう。
結局ステーキを食べ終わるまで三人は相席状態を続け、気が付けば三人揃って店の外へと出ていた。
「今日は色々な話が聞けて良かったわ。もしまた会えたらその時はまたよろしくね」
「ええどうも。それじゃ武術大会の応援もよろしく!」
「うん、頑張ってね! それじゃあね」
そう言って爽やかに去って行ったユフリーの後ろ姿を見て、エルザがアレットの脇腹をつつく。
そして、意味深な一言を呟いた。
「あのユフリーと言う女……何で私達と一緒に相席が出来たんだ?」