297.皇帝への報告(その2)
レウスはサィードの成長に必要なものを教えたつもりであるが、ここから先はサィード自身の努力次第だろうと思っている。
だが、そのサィードには一つだけ引っ掛かっている事があった。
「なぁ、そういやぁよ……途中で良い武器を持っていても~とかって俺に言ってたけど、あれって俺を挑発してたのか?」
「ああ、そうだよ。だけどお前はそれには引っ掛からずに落ち着いて俺の動きを見ていた。深呼吸までしてな。あれは感心したよ」
だから別に悪い点ばかりじゃない、と最後に付け加えてレウスとサィードのバトルは終了した。
その光景を少し離れた場所にある木の影で見物していたニーヴァスにも、レウスとサィードの会話が何とか聞き取れた。
それと同時に、彼は自分の耳を疑う。
(五百年前の勇者アークトゥルス……って、一体どう言う事だ!?)
聞き間違いかも知れない。
しかし、今の自分にはやはり聞こえて来た会話の中に「五百年前の勇者アークトゥルス」と言うものがあった。
あの銀髪を後ろで束ねている背の高い男と話している、無造作に跳ねさせた金髪の男がアークトゥルスと呼ばれているのを聞いてしまった以上、皇帝ジェラルドへの報告はしなければならない。
(もしかしたらあの金髪の男が自分でそう言っているだけなのかも知れないが……とにかく見た事、聞いた事を報告する義務があるんだ、私には!)
一行に気付かれない様にそっとその場で身を潜めつつ、ニーヴァスはジェラルドから複数支給されている携帯用の魔術通信用の魔晶石を取り出して連絡を入れ始めた。
『……ジェラルドだが』
「陛下、ニーヴァスです。あの者達の会話を聞きました所、信じがたい単語が出て来たのですが……」
『何だよ、何があったんだ?』
「それが……どうやら連中の一人が五百年前の勇者アークトゥルスの名前を語っている様なのです」
当初の入国審査の時の第一印象は、このユディソスでは見かけない顔ぶればかりなので何処からか旅行に来たのでは無いかと思っていたらやはり当たりだったあのパーティー。
だが、まさか五百年前に魔竜エヴィル・ワンを討伐した勇者アークトゥルスの名前を語っているとまでは思っていなかったし、その名前を使って何か良からぬ事を企んでいるのかも知れない。
そうなれば早々にその不審な人物達を連行しなければならないと意気込むニーヴァスの耳に、気の抜けたジェラルドの声が聞こえて来た。
『んあ~? それだったら俺はもう聞いてるよ』
「へ?」
『ってか、それだよそれ。俺がお前に話したかったって言うおもしれー事ってなぁ、それだよ』
思わず間の抜けた返事をしてしまったニーヴァスを気にもせず、何処かのんびりとしたテンションで魔晶石の向こうで喋る自分の主君に対して、ニーヴァスは頭が混乱している。
「あ、あの陛下? 何をおっしゃっているのですか?」
『何をって……そのまんまの意味だよ。その金髪の男は勇者アークトゥルスの生まれ変わりだってさ』
「え……え?」
『あーもう、だったら一旦こっちに帰って来いよ。まだ通話用の石は持ってんだろ? だったらそれでフォンの奴に連絡取ってそいつに後は尾行を引き継いで、そして俺の元に戻って来いよ。そこで全て話すからよ』
「は、はい……」
混乱の続くニーヴァスの態度に気を悪くしたジェラルドは、一旦彼に指示を出す。
一方で通話を切った後もまだ混乱の収まらないニーヴァスだが、とにかくジェラルドの元へと帰還するべくまずはフォンの元に魔術通信を掛け始めた。
◇
「ニーヴァス・ローレディル、参りました」
「ああ、ごくろーさん。で……だ、フォンの奴は今そいつ等を尾行中なんだろ?」
「はい、陛下のご命令通りに」
「そっか。それなら良い。実はフォンにはもう話してあんだよ。あのレウスって男……お前とフォンが魔力が多すぎて怪しいって言ってた、その男の正体がとんでもねーもんだったんだよ」
「……彼が、アークトゥルスの生まれ変わりだと?」
「そうさ」
そんな馬鹿な話があるものか。
この世界の生き物が転生したと言う話は聞いた事が無いし、仮にそれがあったとしてもあの金髪の男がかつての五勇者のリーダーであったアークトゥルスだって?
そうだとしたら確かにこれまでの自分の常識が……いや、世界がひっくり返ってしまう程の事実だ。
だからこそ簡単には認めたくない話なので、ニーヴァスは主君のジェラルドに神妙な顔つきで問い掛ける。
「陛下、お言葉ですが……その様な与太話を簡単には信じられません。何処からのお話なのですか?」
「リーフォセリアからだよ」
「ああ、そう言えばあの男は確かリーフォセリアから来たと言っていましたね。リーフォセリア内の何処からの情報なのですか?」
「それがよー、国王のドゥドゥカスからの話だったんだよ。あの銀髪の国王がこっちにアークトゥルスの生まれ変わりが入国したって連絡を部下伝いに当の本人から受けたらしくて、そして俺に対してよろしくって言って来たんだぜ。あいつだったらドラゴンの生物兵器を食い止められる存在になるかも知れねえってよ」