0.プロローグ
悪名高い魔竜が、ゆっくりと横倒しに地面に倒れて行く。
そのドラゴンに対峙するは五人の男女の人間。手にはそれぞれ武器を持っており、満身創痍のボロボロの状態になりながらもその顔には安堵の表情が見て取れる。
そして、その五人の先頭に立っている金髪の男の手に握られている大型のバスタードソードに真新しくドラゴンの体液がこびり付いている事からも分かる通り、彼がとどめを刺したのだ。
「やっ……た……ぞ……」
「ああ、やったんだな。俺達!」
「そうね。これでこのエヴィル・ワンも終わりね……」
「本当にてこずらせてくれたけど、これでようやく旅が終わるのね」
「だな。こいつが倒れた事で……僕達のパーティーも終わりさ」
そんな会話をしている五人の先頭に立っている金髪の男。
彼は自分達が打ち倒したドラゴンの亡骸に目を向け、旅の終わりを痛感していた。
そして次の瞬間、彼の背中に衝撃が走る。
「ぐおっ……!?」
「ああ。これで俺達の縁も終わりさ……アークトゥルス」
胸から突き出る刃の先端を見て、自分の身に何が起こったのかを金髪の男は悟る。絶命する直前、彼が最後に聞いたのは邪悪な意思を含んだ自分の仲間の声だった。
◇
魔術が存在し、それが当たり前に使われている世界がこのエンヴィルーク・アンフェレイア。
エンヴィルークと呼ばれる男の神と、アンフェレイアと呼ばれる女の神が創り出したと言われているこの世界では、人間達にとっても獣人達にとっても魔物達にとっても今日もまた変わらぬ日々が訪れている。
それはこの男、レウス・アーヴィンも同じだ。
だが、レウスは他の人間達と違う。
何故なら、彼は五百年前の記憶を持って生まれ変わった人間なのだから……。
「おーい、次はこれ運んでくれな」
「あ、はい」
そんなレウスは今の生活に満足している。
何故なら、こうして戦う事の無い日々が過ぎて行くと言う事がこれ程までに幸せだとは思ってもいなかったからだ。
今を遡る事、実に五百年前……。
その頃のレウスはロングソードを振るい、一介の冒険者として世界各地を回っていた。
今の様にまだ魔術も発展していなかった時代に、ふとした切っ掛けで旅立つ事になったレウスは冒険者としてこのエンヴィルーク・アンフェレイア中を駆け回り、薬草収集や魔物の討伐等をこなしていた。
その内にギルドでなかなか名前が知られる様になって来ると、段々とレベルの高い依頼も受ける様になった。
そうして経験を積んでレベルの高い依頼が徐々にこなせる様になった時、とある国の王の耳にレウスの情報が入ったらしく、王の元に集められた他の仲間達と共にレウスは旅に出る事になった。
それこそが、レウスが生まれ変わる前に請け負った最後の依頼……すなわち魔竜の討伐だった。
エンヴィルーク・アンフェレイアの各地で人間も他の魔物も見境無く襲い、甚大な被害をもたらしていたそのドラゴンを仲間達と一緒に討伐し……そして、レウスの意識はそこで途切れた。
だがあの時、レウスはドラゴンが断末魔の絶叫を上げて倒れて行くのをハッキリとその目で見たのを覚えている。
「はーい……お待ちどお、ビッグベアのステーキ4人前ね」
「おい兄ちゃん、こっちにサラダ3人前な」
「私達の所には日替わり定食2つねー!」
しかしその直後、大きな衝撃を連続で身体と頭に受けたレウスの意識はそこでプッツリと途切れてしまった。
その後に目を覚ましたのは、全く見知らぬ天井の見える場所。
それだけなら自分が何処かで介抱されているのだと思っていたのだが、自分の身体に違和感を覚えたのはすぐの事だった。
(……なっ!?)
身体の一部として馴染む位までにロングソードの柄を握っていた証として、マメが潰れてイビツな形になっていた指は明らかに小さく、細くなっていた。
それだけではなく、タコも綺麗に消えてしまっているどころか……自分の手首も、腕も、それからうっすらと見える足もかなり小さくなっている。
とりあえず身を起こそうとして身体に力を入れてみるが、上手く起き上がれない。
痛みとかではなく、身体が上手く動いてくれないこの状況を呑み込む事が出来ないレウスは、次の瞬間聞こえた声で自分の耳を疑うこととなる。
「あらあら、起きたのね」
「え……?」
これまた上手く動かせない首で何とか声のする方に顔を向けてみると、そこには優雅な雰囲気を醸し出している、胸まである黒い髪の毛の女性が一人立っていた。
「今日は暖かいから良く眠れたんじゃないかしら?」
「あ……う……」
いや、それよりもこの状況を説明するのが先だろうと思ったレウスはその事を伝えようとするものの、出て来る声に違和感を覚える。
(う、上手く喋れない!?)
言葉を出そうとしても、出て来るのは「あ」とか「う」とかの単語にすらならないレベルの声である。
(一体俺はどうしてしまったんだ!?)
明らかに異常なこの事態をどうにか把握しようとするが、それは意外な形で訪れることになった。
「まぁ……まだ生まれたばっかりだから言葉が分からなくてもしょうがないか。せっかくこの世界から魔竜が消え去って丁度五百年になるめでたい年なんだから、この子がどんな風に育つのか楽しみだわ」
その瞬間、自分の中の常識がガラガラと音を立てて崩れて行くのが分かった。
そして同時に、今の自分がどんな状況に置かれているのかも一瞬で理解出来たのだ。
これが全て現実だというのであれば、レウスはそれを受け止めるしか無いらしい。
今のレウスは五百年前に活躍していた、魔竜討伐に参加していたメンバーの一人ではなく……何処か別の家庭に生まれた赤ん坊の姿になってしまったのだということを。
そして、レウスはこれから文字通り新たな人生をこの世界で歩んでいかなければならないことを……。




