295.えっ、止めないの?
登場人物紹介にエスヴァリーク帝国騎士団員フォン・クローディルを追加。
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「陛下、連中はどうやらギルドで依頼を受けた後、例のヒルトン姉妹と一悶着あった様で……」
『そうか、何か進展は?』
「このままユディソスの城下町を観光した後、一行のメンバー同士で手合わせを行なう模様です」
『手合わせだって?』
「はい。街中での武器の使用は禁止されています。始まり次第拘束致しますか?」
入国審査を通してしまったレウス達を捜して、帝国騎士団の特殊部隊に所属している副隊長のニーヴァスはターゲットを発見し、ずっと一般人の格好をして尾行していたのだ。
そしてその動向を探っていた彼は、レウスとサィードが手合わせするとの話を耳に入れてどうするかを皇帝のジェラルドに尋ねる。
表向きは世界各国に騎士団の駐屯地を作る程に人材が充実していると思われているのだが、実はただでさえ現場に出ている騎士団員の数が余り多くない上に、武術大会前で書類整理に追われている騎士団員も多数。
なので余計な仕事を増やして貰いたくないニーヴァスは、当然ジェラルドから捕縛の指令が下るものだとばかり思っていたのだが……。
『いや、その戦いを最後まで見てやってくれ』
「え!?」
冷静なニーヴァスが珍しく感情を露わにして驚く。街中で武器の使用を禁じている筈のユディソスで、このまま黙って見ていろと言うのか?
皇帝の考えている事が理解出来ない彼に対して、その皇帝本人から更に指令が飛ぶ。
『で、戦いを最後まで見たらその二人がどんな戦い方をしていたのかをなるべく詳細に俺に報告するんだ。ちょっとおもしれー事が分かったからな』
「面白い事?」
『ああそうさ。この世界の常識を根底からひっくり返しちまう様な情報を、リーフォセリアから手に入れたのさ。だからまずはそっちの任務を優先してやってくれや。きっと、何時も無口なお前の驚く顔が見られるぜー』
「……かしこまりました。それでは任務完了後に改めて報告に上がります」
そこまで言える程の重要な話を聞かせる為に、国のルールを破ってまで皇帝が自分にこうして偵察を頼んでいるのかと思うと、複雑な感情が沸き上がるのを抑えられないニーヴァス。
しかしこれが自分の仕事なので文句は言えない以上、再び移動を始めたレウス達を追い掛け始めた。
◇
そんなニーヴァスが追い掛けているのに気付かぬまま、観光を終えたレウス達はユディソスの街外れにある広場にやって来ていた。
街中ではわんさか立っていた騎士団員達の姿も見当たらず、絶好の手合わせ場所と言える。
だが、流石に武器と武器とがぶつかり合う音は抑えられないので騎士団員に見つかる可能性もある。
「ねえ、本当にここでやるの? 騎士団の人に見つかったらただじゃ済まないんじゃないの?」
「そうだよな……せめてセバクターの屋敷の庭とかでやれば良いのにな」
「おい待て、俺の屋敷にそんなスペースは無い」
武器を出した事によって騎士団に拘束されてしまうのでは? と心配するアレットとそれに同調するエルザ、そしてエルザの提案にやや棒読みで突っ込みを入れるセバクターの三人が見守る横で、サイカがこの勝負の展開を心の中で予想していた。
(この勝負……サィードには勝ち目が無いかも知れないわね)
イーディクト帝国で魔物達を倒して素材を集めていた彼の活躍ぶりを始めとして、サイカはサィードがかなりの実力者である事を知っている。
しかし、相手は五百年前の五勇者の一人……しかも当時のパーティーのリーダーでもあるアークトゥルスの生まれ変わりだ。
今回の手合わせは、武術大会のルールに合わせて魔術は一切使用禁止と言う約束を事前に二人にさせる。
そもそもそのルールはサィードが言い出したものであり、レウスは別に魔術が使えようが使えまいが「自分の実力を出し切るだけだ」と言う事で話もスムーズに纏まった。
「勝負は一回きり。お互いに殺しは無し。今度行なわれる武術大会と同じく魔術の使用も無い。武器と体術のみ使用可能だ。お主も、それからお主も準備は良いか?」
「ああ、良いぜ」
「俺も良いぞ」
「分かった。それでは……始め!」
審判のソランジュの声が響き、地面が砂地になっている広場での戦いが始まった。
最初はその熱くなりがちな性格故か、サィードが先制攻撃でハルバードを振りかざしてレウスに向かう。
対するレウスは冷静にハルバードの動きを見るだけの余裕があり、的確に槍を合わせてブロック。そして反撃に出る。
だが、サィードの戦い方は騎士団のものをベースにしているとは言え我流のテクニックも多く混じっている。
その一つが、ある程度打ち合った所でハルバードの斧の部分を使って地面を抉り取り、その抉り取った地面を相手に向かって上手く投げつけるものだった。
「くっ!?」
「よっと!」
レウスは飛んで来た砂の塊を横に避けるも、その回避をも見越していたサィードはレウスの避けた先に向かってハルバードの槍の部分を突き出した。
このタイミングで追撃をされたら避けられまい。サィードはそう思って勝利を確信したのだが、次の瞬間ハルバードの先が空を切ってしまった!