290.色分けの理由
翌朝。
朝食後にユディソスの城下町に繰り出すべく準備した一行は、一旦武術大会の事を忘れて観光を楽しむ事にした。
勿論カシュラーゼの動きを探る為の情報収集と言う名目もあるので、武術大会までの一週間はセバクターの屋敷で世話になりつつ動きを待つしか無いだろう。
「ええと……レアナ様に頂いた装備は身に着けたかしら?」
「ああ、全員大丈夫だ」
アレットの確認に対し、グルリとパーティーメンバーを見渡したエルザが頷く。
ペーテルは朝早くから店の仕込みがあると言って既に仕事に向かったので、このセバクターの屋敷は必然的に無人状態になってしまうのが気掛かりだが、そこは元々無人だった屋敷なので今更誰も寄って来る人物は居ないだろうとして放置していく事にする。
勿論、ドアや窓に鍵を掛けたり等の最低限の戸締りは絶対なのだが。
「しかし、こんなに貰っちゃって本当に良かったのかねえ?」
「レアナ様が良いとおっしゃっていたんだから良いだろう」
サィードが、新しくなった自分の胸当てや肩当てを見下ろしながら呟く。
その横では同じく装備が新しくなっているセバクターが冷めた声で言うが、装備が新しくなっているのはこのパーティーメンバー全員が同じである。
金、緊急用の薬と言った携帯出来る物は必要最低限にして、残りはセバクターの屋敷の台所にある床下収納部分に入れさせて貰った。
万が一の場合に備えての対策もした上で、セバクターにユディソスの城下町を案内して貰う。
と言っても、彼も割と長くこのユディソスから離れてしまっていたので見知らぬ建物が幾つか出来ている事に気が付いた。
「あれは?」
「あそこは図書館だ。ガラハッドの功績を讃える書物から始まって、後は他の国の図書館と同じく世界の歴史とかの本が並んでいる。まぁ、多いのは武術や戦術の指南書だ」
「あー、確かに軍事力に力を入れている国っぽいわね」
リーフォセリアの図書館では農業や漁業、それから戦術等の書物がバランス良く用意されているのに対して、やはり軍事大国エスヴァリークならではの特色が良く表れているらしい、とサイカは思った。
このエンヴィルーク・アンフェレイアの主要九か国にはそれぞれトレードカラーが存在しており、例えばレウス達が出発したリーフォセリアは国王ドゥドゥカスの服と同じく紫、暴君である「龍の貴公子」バスティアンが治めているソルイールがオレンジ、魔物退治を依頼して来た元冒険者のシャロットが皇帝のイーディクトは白、傀儡になっているレアナが表向きに治めているカシュラーゼがグレーだ。
そしてこのエスヴァリーク帝国は、たった今セバクターから紹介された図書館を始めとしてユディソスの街全体が赤を基調にカラーリングされている事からも分かる通り、トレードカラーは赤である。
「なあ、ずっと前から思っていたんだけどさ……俺の生きていた五百年以上前のエンヴィルーク・アンフェレイアにはこんなに明確に国が色分けされていなかったんだが、何か事情があってこうして分けているのか?」
「いや……特に意味は無いぞ。何だ、お主はそこが気になるのか?」
「ああ、何か意味があってやっているのかと思ったんだが……」
意味が無いにしては、妙に国ごとにハッキリとトレードカラーが分かれているもんだなーと思うレウス。
それに対して、同じ答えを繰り返してからソランジュも考えた。
「いや、特に無い。と言うか私達も良く分からない。別にこれが当たり前だと思って暮らして来たからな」
「逆にこれ、五百年前には無かったの?」
「ああ、無かった。意味無く色で分ける様な事をしていなかった気がするからな」
しかし、意外な所からそのレウスのセリフに反応があった。
「あー、俺は聞いた事があるぜ」
「サィードが?」
「ああ。知り合いにな。こうして九か国の色が分けられたのは、五勇者の内の一人であるエレインが「こうした方が分かりやすいから」って地図上に色を塗って国境を表わしたのが最初って言われているらしい」
「え……あのエレインがそんな事したのか?」
「ああ。全てはそのエレインから始まったんだと」
五百年前の仲間の一人であるエレインの顔を思い浮かべて、それから苦笑いをしながら頷いてレウスが納得する。
「いや、でもあの女ならやりかねないだろうな。あいつはパーティーメンバーの中で一番年下で、大人しそうな顔してて自己主張も余りしないタイプだったんだけど、一旦言い出したら頑固で譲らないタイプだったんだよ。それこそカシュラーゼのレアナ様みたいにな」
「もしかして負けん気も強いタイプだったりする?」
「そこまでって程じゃないけど、とにかく自分のやる事に対しては強いこだわりを持つ女だったよ。だからそう言う所がめんどくせえなって思ったりもしたさ。メンバーとぶつかり合ってたりしたなー」
五百年前のかつてのパーティーメンバーの一人である、エレインを思い出しながら歩くレウスを中心にして進むその一行を目で追いながら、一人の人物が商店の客に扮しつつ頷いた。
大事な指令を受けて動き始めたフード姿のその人物は、商店の前からスッと踵を返すと仲間に連絡をする為に、裏路地にある滅多に利用者が居ない通信スポットへと向かった。