26.魔道具について
一瞬の間を置いて、静寂が訪れた訓練場の中にどよめきと歓声が同時に上がった。
と言っても歓声よりどよめきの方が遥かに多い。
「おい……まさか五人掛かりでも勝てないなんて一体どうなってるんだ?」
「あ、あんなに強い人だったの?」
編入して来たレウスの実力の前に、クラスメイト達は思い思いのリアクションを取るしか無い。
その一方で、レウスはふうっと額の汗を拭いながら次の順番を待っているクラスメイトと交代するべく観客席に向かって階段を上がる。
本来であれば、もっと短期決着を仕掛ける事も出来た。
前世で戦っていた時は、自分は魔術を余り使う事が出来ない側の人間だったのだが、それでも一般人からしてみれば多くの魔術を使う事が出来た。
しかしそれ以上にパーティーメンバーとして一緒にドラゴンの討伐に向かった者の中には、世界中に名前を轟かしている魔術師が居たので、魔術関係についてはそのメンバーに全てを任せっ切りにしていた過去がある。
そして現在に転生した彼は、父親のゴーシュから魔術の事について新しく学ぶ中で新たなテクノロジーに触れる切っ掛けがあった。
それは「魔道具」と呼ばれる、この自分が転生するまでの五百年の間に新しく生まれた、レウスの知らない物だった。
まだ十歳の頃、初めて魔道具について教えて貰った時のゴーシュとの会話を思い出すだけでも、五百年の間に色々と進化したものだ……とレウスは時の流れをヒシヒシと感じたものである。
◇
「お父さん、それってなーに?」
「これか? これは魔道具だ」
「まどうぐ?」
「そうさ。俺はこの足にはめるリングがあるおかげで助かってるよ。と言うか、これが俺にとっての生命線って言っても過言じゃない。この世界の生き物全てが持っている魔力に反応して、身につけている奴の色々な能力をアップしてくれる例えば身体の力が何時もより強くなったり反射神経が良くなったりする優れ物なんだ。お前が生まれるずっとずっと前……三百年前に出来たんだ」
(三百年前? と言う事は俺の時代から二百年が経過した後って事か)
普段はズボンに隠れて見えない両足首にはまっている、黒光りする重そうなリングをゴーシュに見せられながらレウスは考えていた。
「それも魔道具なの? それが無かったらどうなるの?」
「これが無かったら? そりゃもう今までと同じ生活は出来なくなるな。今の俺が持っている体力だってガクンと落ちてしまうし、さっき言った通り反射神経もアップしているからその反射神経だって鈍くなってしまう。でも、この足のリングが万が一壊れてしまっても良い様にトレーニングを今でもやっているのはお前も知っているよな? 形あるものは何時か壊れちまうだろうから、本来は魔道具に頼らなくても良い位の身体能力があればそれに越した事は無いんだけど」
「へー、そうなんだ。でもさっき、色々な能力をアップしてくれるって言ってたけど、お父さんのつけている足首のそれはどんな効果があるの?」
「俺のは体力アップと反射神経アップ、それから魔力の含有量……体内に溜められる魔力の量をアップさせられる物だ」
そこまで聞いたレウスは、そんなに便利な代物であるならば自分も作って欲しいと考えていた。
だが、それについてはまだ早いらしい。
「良いなー。俺にも作ってくれないの?」
「まだお前には早いよ。お前はまだ十歳だろ? 魔道具は何時でも作れるけど、今のお前はきちんとご飯を食べて、それから運動してちゃんとした身体を作る事が大切なんだ。お前がもっともっと大きくなって魔道具が必要になる時が来たら、その時に改めて考えよう」
「うん! お店で作ってくれるんだよね?」
「ああ。作る人それぞれの使い道によって、それぞれ違う種類の物を頼めるから覚えておいて損は無いぞ。これは指輪とか腕輪を作るショップで作って貰ったんだけど、例えば俺の知り合いが鍛冶屋で作って貰ったんだが、それは防具型の魔道具で身体能力をアップさせてる。それから知り合いの魔術師に頼んで作って貰った、特定の属性の魔力をアップさせる事が出来る魔道具を使っている奴も居る」
「うわあ、凄いね!」
「凄いんだよ。それから怪我をした時に早くその怪我を治す事が出来る物もあるし、病気……と言ってもそのものの回復は出来ないけど、身体の治す力をアップさせて病気を早く治せる様にサポートしてくれる物もあるんだよ。勿論、自分が「これをやりたい!」って事を正しく伝えて作らなきゃいけないし、値段もその要望が多ければ多いだけアップするから財布と自分の願いの相談だ」
そう言いながらゴーシュは酒をグイっと煽り、満足そうに笑みを浮かべる。
レウスはレウスで、転生したこの世界も悪くないかも知れないと思い始める切っ掛けになったのがこの魔道具の話だったのは、今でも良く覚えている。
戦う事ばかりに作用する物では無く、自らの色々な能力をアップしてくれるサポートアイテムの魔道具だが、自分が成長するに従って何時の間にか「頼んで作って貰う」と言う事がどんどん後回しになってしまっていたのだ。




