285.皇帝への報告
「失礼致します、陛下。出入口検問担当のフォンです」
「同じく検問担当のニーヴァスです、失礼致します」
「んっ、どうしたんだ?」
フィランダー城の中にある執務室で書類に目を通していた、エスヴァリークの若き皇帝であるジェラルド・メルヴォナスは、コンコンと扉をノックして執務室に入って来た二人の若い男に目を向ける。
ユディソスで行なわれている武術大会の準備で色々と許可を求められる書類が自分の元に上がって来ているので、その書類にてんやわんやの黒髪の皇帝。
そこに入って来た二人の男の内、フォンと名乗った男はバスタードソードを背中に差している若い男であり、無造作に跳ねさせた金の髪の毛が特徴的である。
もう一人のニーヴァスと名乗った男は、相手から見て左目を覆い隠す程に伸びているその真っ白な髪の毛がポイントのこれまた若い男で、武器として槍を手に持っている。
その二人が検問の担当官としてユディソスの警備に当たっていたのだが、わざわざ皇帝の元にまでやって来て妙な報告を始めたのである。
「はっ、拘束する程では無いのですが怪しい男を発見しました」
「魔力の量が明らかに常人より多い男でした」
「え……それの何処が怪しいの?」
体内にある魔力の量が一般人より多いケースの人間や獣人なんて、この広い世の中を探せば幾らだって見つかる。
なのにそれをわざわざ、しかも皇帝である自分に対して報告しに来たのか? とジェラルドはこの二人の行動が理解出来ない。
しかし、その後に続く二人の報告内容がもっと理解出来なかった。
「それなのですが、魔力の量が……その……測定出来ない位の量でして……」
「具体的にどれ位なのかも分からない位って事?」
「はい。魔力を測定してみればどれだけの量があるかは分かるかと思いますが、いかが致しましょう?」
「いや、いかが致しましょうって俺に言われてもなあ……」
正直、皇帝のジェラルドは反応に困った。
そう言うのは基本的に検査官を始めとする帝国騎士団の権限に委ねている訳だし、魔力が多いと言う位でいちいち怪しい者を取り調べ室に送り込んでいたら人手が足りなくなってしまう。
だから余程怪しい者で無ければ従来の検査基準で問題無いと思っているし、この国の騎士団員達はあのソルイール帝国の「龍の貴公子」皇帝バスティアンの配下達にも負けず劣らずの武闘派揃いなのだ。
城下町の中で武器を出そうものなら速攻で騎士団員が駆け付けるシステムになっている以上、今まで目立った小競り合いすらも起こっていない。
「そりゃまあ、ほら……うちはあれだよ、争い事が起こる前に食い止めちまえってのが信条だよ。だけど魔力が多い少ないってだけじゃ俺だって何も言えねえもん。それ以外に何か、その魔力が多い奴に特徴は無かったか?」
「特徴……そう言えば制服みたいな黒いコートを着込んでいましたね」
「そうそう、着てた着てた。後……ああそうだ、リーフォセリアから観光にやって来たって言ってたんですけど、それにしては荷物が少な過ぎる気がしましたよ」
「リーフォセリア? そりゃまた随分遠くから来たもんだな。……いや、でも船を使って東からやって来りゃあそうでも無えか」
しかし、リーフォセリアと言う単語を聞いて何か引っ掛かるものを感じるジェラルド。
しばし腕を組んで考えた後、彼はハッとした顔つきになって机から身を乗り出した。
「あれ? おいちょっと待てよ……リーフォセリアって確か、騎士学院が爆破されたって話があったよな!?」
「はい。マウデル騎士学院の爆破事件ですね?」
「そうだよそれだよ。それって確か犯人がまだ捕まってないって言ってたよな?」
「ええ……犯人の目星もまだついていないって情報が回って来ております。しかも気になる事に、傭兵達の話によればそのマウデル騎士学院の学生達の何人かが誘拐されたそうでして、現在もまだ捜索中であるとか」
「おいおいおーい……その内の一人がまさかそいつじゃねーだろうなあ?」
ジェラルドは頭を抱える。
ただでさえ武術大会の準備で皇帝の自分まで書類整理やその他諸々の会議だの何だので忙しいと言うのに、何でこんなタイミングの悪い時に限って厄介事が舞い込んで来るのだろうか。
しかもこの時期にここまで来ると言う事は、もしかしたらその怪しい人物も武術大会に参加するつもりなのだろうか?
「で、そいつは中に入れちまったんだよな?」
「は、はい……」
「まぁ、済んじまった事は仕方ねーとして、とにかくその怪しい奴を見張ってくれ。他にも仲間らしい奴が居たら纏めて見張れよ。何か気になる事があれば魔術通信で俺に報告しろ、良いな?」
「かしこまりました。それでは失礼致します」
頭を下げて退室して行くフォンとニーヴァスを見送ったジェラルドは深い溜め息を吐くと、執務をしていた椅子に深くもたれ掛かって呟いた。
「全くよぉ……ドラゴンがカシュラーゼから沢山出て来たって話もあるっつーのに、こんなんで武術大会なんか開催出来んのかよ……」
出来ればこれ以上、揉め事や厄介事は増えて欲しくない。
そんな若きエスヴァリーク皇帝の本心からの願いは、空しくも届いてくれないのであった。