280.何? そのルール……。
「その武術大会なのですが、魔術は一切使用禁止なのです」
「……え?」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい。武術大会なんですよね? でしたら魔術も使用しなければ武術大会とは言えないのでは無いのですか?」
エルザの言い分ももっともである。
事実、例えばリーフォセリアで行なわれている武術大会では武器と魔術と体術の使用が当たり前であり、魔術師が魔術だけで上位まで駆け上って行った事もあれば、魔術を使わずに武器だけでのし上がって行った者も居る。
だからと言って、最初から魔術の使用が禁止であると言うのは結構なプレッシャーであり、その理由は何故なのかを問うエルザ。
するとペーテルからはかなり納得出来る、それでいて衝撃的な理由が返って来たのだ。
「確かにそうですね。普段は参加者の方の適正な実力を見極めるべく、魔術も使えるのが当たり前です。しかし、その魔術の使用が今回許可されていないのは武術大会の後に討伐に向かうドラゴンの性質に問題があるとの事でして」
「性質ですか?」
「はい。聞く所によればそのドラゴンには、魔術の類が一切通用しないとの報告があるんです」
「へ? ちょっと待って下さいよ。それって余りにもズルいじゃないですか?」
「ズルい、と申されましても……」
サイカのセリフに、困った様に髪をかき上げるペーテル。しかし、もしそれが本当だと言うのなら確かにサイカの言う通り相手がズルになる。
ただでさえ、カシュラーゼにおいてあの魔術師ディルクのせいで魔術が敵味方双方使えない状態で戦った経験があると言うのに、次のドラゴンは魔術が全く通用しないなんて志願者が自ら「死にに行くんです」と言っている様なものである。
だが、それもこれも全てはカシュラーゼが生み出した生物兵器である以上、討伐しなければいずれはリーフォセリアにも来てしまう時が来るかも知れないと判断したレウスは、そのドラゴンの話についてもっと詳しく聞かせて貰う事にする。
「それって具体的にどんなドラゴンなんだ?」
「私が聞いた限りでは、まずは魔術が一切通用しないとの話でした。それは攻撃魔術だけで無く、防御魔術もそうらしいです」
「えっ、こっちの魔術防壁も相手には一切効果が無いのか?」
「左様でございます。魔術防壁を展開して実際にそのドラゴンに挑んだ冒険者の話によれば、相手の鋭い爪が魔術防壁をすり抜ける様にしてその冒険者に当たり、全治半年の重傷を負ったとか」
「うえ~っ、悲惨……」
全治半年と言うだけでもかなり恐ろしいのに、まさかの魔術防壁が効かない相手となれば真っ向勝負を挑むのはかなり無理があるだろう。
どうにかして相手の攻撃を避けつつ倒さなければならないのだろうが、もしかしてそれが切っ掛けとなって魔術の使用を禁じた武術大会が開催されているのだろうかと聞いてみると、ペーテルからの答えは肯定だった。
「そうですね。ですから魔術の使用は一切禁止で、違反した者はその場で即失格。まぁ、そもそも最初から魔術が使えない様にする為、最近では参加者に魔術の使用が出来なくなる薬を最初に投与している様ですが」
「そ、それって……」
「ああ、あの誘拐犯の奴等のやっていたのと一緒だな」
シチュエーションは違えど、レウスとアレットとエルザの脳裏にフラッシュバックしたのはかつて誘拐されて脱出する時に判明した、ウォレスとか言う茶髪の男が率いていた犯罪集団との戦いである。
あの時も同じ様に薬を使って魔術が使えない様にされてしまったので、この三人に限って言えばこのシチュエーションは三回目になる。
しかし今回の相手は人間や獣人と言った個人レベルで対抗できる相手では無く、カシュラーゼの生み出したドラゴンの生物兵器と言うのがネックだ。
どれ程の大きさなのか、どれだけの攻撃力なのか、どうやって戦うのか、何処で戦えば良いのか。
相手の行動を知って自分達も対策しなければならないので、まだまだ問題は山積みである。
「ドラゴンの目撃情報がある場所については分かるか?」
「そうですねえ……位置も時間もバラバラなのですが、共通しているのはカシュラーゼ側の北の地域に目撃情報が集中している事ですかね」
「北側って事は、それじゃこっちはまだ被害が出ていないって状況なの?」
「ええ、どうやらそうらしいですよ。私もこちら側には月に数回しか来ないので分からないのですが、ドラゴンの方でも何かを感じ取っているんですかねえ? 帝都のユディソスを境にした南側についてはまるで無傷の状況で、北の方に向かえば向かう程ドラゴンの被害の情報が増える状況です」
「ふうん、それも不思議な話ねえ……」
何にせよ、この南側に被害が出ていないと言うのであればまだその被害も最小限に抑えられる筈だ。
既に被害が出てしまっている地域には気の毒だが、何とかその辺りで被害を留めておく様にして貰うべく北に向かって急がねばならない。
そのままドラゴンを討伐し、カシュラーゼに向かってレアナを救出すればこのカシュラーゼ関係の問題も一気に解決に向かうだろうと一行は思っていた。
……この時までは。