279.仕事の提案
そのペーテルからの提案は、パーティーメンバー全員で大量の荷物を彼の馬車に運び終えた後にされた。
「ありがとうございました。おかげで予定よりもかなり早く出発が可能ですよ」
「分かった。それじゃあ早めに出発しよう」
「かしこまりました」
かつての主人であるセバクターに頭を下げたペーテルは、馬車の中のスペースにパーティーメンバー全員を乗せて出発。
大量の荷物と言ってもそのほぼ全てが酒であり、その荷物を全て載せてもまだ半分以上スペースが余る程の大きさの馬車だった為に詰めれば全員が乗れたのだ。
かなり大きなビンの酒ばかりで内容量はそれなりに入っているものの、総数としてはそこまで多くは無いのでここは個人個人の言葉の解釈の違いだろう、とレウスは判断した。
そんなレウスを筆頭に馬車の荷台で揺られるパーティーメンバーに向け、馬車の御者も兼ねているペーテルが仕事に絡めた話を切り出したのは出発してすぐの事だった。
「そうだ、先程カシュラーゼから解き放たれたドラゴンの生物兵器の話をしたかと思いますが、それに関してかなり割の良い報酬が手に入るかも知れない仕事の情報を聞いているんですよ」
「……それってもしかして、ドラゴン討伐の話だったりしないですか?」
以前、イーディクト帝国において魔物討伐の話をシャロットから頼まれた経験を思い出したアレットは、もしかしてまたそれに似ている仕事じゃないわよね……と勘繰りながらペーテルに疑問をぶつける。
しかし、現実とは非情なものでどうやらその予想は当たってしまったらしい。
「左様でございます」
「あーやっぱり……こう言う時の嫌な予感って当たっちゃうものよねー」
右手で両目を覆い隠して頭を振るアレットだが、ネガティブな感情しか出て来ない彼女とは裏腹にサィードがポジティブに反応する。
「まあまあ、そう悲観すんなって。ここでそのドラゴン関係の仕事を避けたって、いずれそのドラゴンとは何処かで当たるかも知れないだろ? だったらここでそのドラゴンをやっちまった方が良いんじゃねえのか?」
「それは確かにそうだけど~、何だかやる前からどっと疲れる感じよね……」
「でもここでそいつやっちまえば、他でそいつを倒さなくて済むし手間が省けるぜ」
対照的なキャラクターの二人だが、ここはサィードの方を支持したいレウス。
何でも明るく前向きに考えようとする彼の言う通り、確かにこのエスヴァリークでドラゴンを討伐してしまえばカシュラーゼの脅威をまた一つ減らす事が可能になる。
なのでそのサィードに同調してペーテルの話の続きを聞き始めたのだが、ドラゴンの元に辿り着くまでにはまだ色々と手間が掛かりそうだと知るのはこの後すぐだった。
「そのお仕事なのですが、受けるには条件がありまして」
「条件?」
「はい。その条件がですね、今度帝都のユディソスで行なわれる武術大会で上位入賞を果たした者のみでドラゴンの討伐に向かうとの話でした」
「げげっ、何だよそりゃ~!? ドラゴンの討伐ならさっさと人員をかき集めて行かせりゃ良いじゃねえか!」
心の底からそう思うサィードだが、なかなかそうも出来ない事情があるらしいのだ。
「ええ……私もそこには同意見なのですが、この国のシステム自体がそうなっておりまして」
「システムですって?」
「はい。この中でセバクター坊っちゃんを除き、冒険者としてエスヴァリークに来られた事のある方はいらっしゃいますか?」
御者台に座っているペーテルが振り向いてそう尋ねれば、それに対して手を挙げたのはソランジュ、サイカ、サィードの三人だけだった。
「なるほど、それではこのお三方の中で、帝国内で行なわれている武術大会に参加された経験のある方は?」
「あ、私があります」
「私も……」
「俺は無いです」
意外にもサィードが無いと答え、サイカとソランジュの二人は経験があると言ったのだ。
何故サィードは経験が無いのかとエルザが尋ねてみると、彼がこのエスヴァリークにやって来た時の事情が関係しているらしい。
「いや、それがさ……参加したかったんだよ本当は。だけどその時は丁度、ユディソスで武術大会が開催されてなかったんだよ」
「えっ、そうなの?」
「ああ。この国の武術大会は一年に四回、季節の変わり目に日付を決めて毎年行われるんだよ。俺はその前にでかい仕事が入ってそれの対応をしていたんだが、それが原因で丁度そのシーズンを逃がしちまってさ」
「あー、だから出られなかったのね」
アレットもエルザの横で理由を聞いていて納得したのだが、今回はどうやら参加出来そうである。
それを御者台で聞いていたペーテルが、それでしたらと参加者を募る。
「でしたらまず、その武術大会に参加したいと言う方はいらっしゃいますか?」
「あー俺、俺! 出ます出ます!」
「私も出るぞ」
「私は……別に出なくても良いや。魔術しか使えないから」
「私も出ようか」
「俺も出る」
「私も勿論出るわよ」
「俺は……まあ出ても良いけど、出るにあたってはしっかりと武術大会のルールを把握してからにしよう」
結果、アレットを除く六人の参加が決定。
しかし、その武術大会のルールが奇妙なものであるのを知るのはこの後すぐだった。