276.セバクターの故郷エスヴァリーク
パーティーメンバー全員の視線が、マウデル騎士学院の卒業生である筈のセバクターに向けられた。
「あんたの故郷だって?」
「ああ、間違い無い。あそこの町には見覚えがある。それからこの森にもな」
「ちょっと待ってよ……セバクターって、エスヴァリーク帝国の出身だったの?」
「そうだ。だから着いて来い。ここから先は俺が案内する」
レウスとサィードに変わってセバクターが一行の先頭に立ち、迷いの無い歩調でズンズンと進み始める。
その足取りを見る限り、確かにこの土地の事情を良く知っている様だと思いながらレウス達は後に続くものの、いまいち彼への不信感が消えない。
つい先程までは、潜入調査と言う名目ではあるもののあのディルク達の仲間だったからだ。
(この野郎がエスヴァリークの出身だって? それは初耳だな……)
メンバーの中でも、サィードが一番疑いの目を向けている。
それに気に掛かるのはこのセバクターの事ばかりでは無く、自分達と一緒にこのエスヴァリーク帝国に転移して旅をする予定だった、カシュラーゼの女王レアナの安否もだ。
彼女本人としては一緒に来る気でいた訳だし、実際に一度断ったにも関わらず彼女の粘り強い抵抗(?)の熱意によって押し切られてしまったので、そこまで言うなら仕方が無いかと渋々彼女を同行させる予定だった。
それがあのヴェラルとヨハンナの赤毛コンビによって捕らえられてしまったので、彼女が今頃何をされているのかを考えるだけでもおぞましいレウス。
(このエスヴァリーク帝国とカシュラーゼの間にどれだけの距離があるかは分からないが、レアナ女王が危ないのは確かだからな。一刻も早くカシュラーゼの裏の世界に戻らなければ……)
そう考えるレウスだが、何せ五百年前とは存在している国が大きく変わってしまっている上に、旅に出る前は外の世界に興味が無かったので他国の情報に関しては疎い。
なので、ここはエスヴァリーク帝国の出身だと自分で言っているセバクター本人に話を聞いてみる。
「なぁセバクター、このエスヴァリーク帝国は世界地図の何処にあるんだ?」
「……右下だ」
「へー、じゃあ帝都は?」
「ユディソス」
「セバクターもそこの出身なのか?」
「いや、俺は違う」
悪い人間では無いのだが、何だか話し難いんだよなぁ……と素直に思ってしまうレウス。しかしそれでもめげずに色々と話を聞いてみた所、それなりの情報を聞き出す事が出来た。
このエスヴァリーク帝国は、世界各地にある大小二十の国を統治している超巨大国家であるらしい。隣国であるヴァーンイレス……サィードの生まれ故郷の一部を始め、カシュラーゼの一部も統治しているのだと言う。
一番遠い所では、リーフォセリア王国の南の隣国であるルリスウェン公国の一部もエスヴァリーク帝国領になっているのだとされている。
「この世界全体に影響を与えている国家と言う事か?」
「そうだ。実を言えばリーフォセリアの辺境にもエスヴァリーク帝国軍が駐在しているんだが、あんたは聞いた事無いのか?」
「え……いや、知らないな」
そうだったの? とまさかの事実に軽いショックを受けるレウスに対して、何時の間にかレウスの斜め後ろまでやって来ていたエルザが話に割り込んで来た。
「おいおいレウス、幾ら五百年前から生まれ変わったからと言ってもその程度は覚えておいてくれ。南西部の方にエスヴァリークの駐屯地があるんだぞ」
「そうなのか……じゃあ主に軍事関係で勢力を広げているんだな?」
「ああ。ちなみに皇帝はヴァーンイレスにも侵略したいと考えていたが……その前にヴァーンイレス王国が滅亡してしまったんで、それは出来なかった」
「侵略ねえ……」
何処か嫌味を含んだ口調でサィードがぼやくものの、エスヴァリーク帝国を説明する上で避けて通れない話の一つであると考えているセバクターは、そのサィードのリアクションを背中越しに聞きながら続ける。
「ちなみにヴァーンイレスを滅亡させた、カシュラーゼ率いる同盟国のグループとは全くの無関係だからそこは覚えておいてくれ。……とにかく、我がエスヴァリーク帝国は超巨大国家だけあって経済、軍事力共に世界トップクラスの実力を誇っているんだ」
「だから、軍事力でも遠く離れているリーフォセリアまで広げられるって訳なのか」
「そうだ」
一通り話を聞いたのは良かったが、問題はこれからどうするかである。
本音を言えば、別にセバクターがここに来たいと言って全員でやって来た訳では無いので、どうにかしてレアナ女王陛下を助けるべくカシュラーゼに戻らなければならない。
「ちなみにこれから先、レアナ女王陛下を助けにカシュラーゼに戻ろうと思っているのだが、ここからカシュラーゼまでどれ位掛かるんだ?」
エスヴァリークに来るのが初めてのレウスにとってはカシュラーゼとの位置関係も分からないので、ここはセバクターに予想して貰うしか無い。
しかし、腕組みをして答える彼の表情は険しかった。
「……かなり掛かるだろうな。あの町はエスヴァリークの南東の端に当たるから、船を使って向かうにしても、陸地ルートで行くにしてもだ」