274.予期せぬ展開
駄目だ、ここで倒れたら。
向こうで戦ってくれているみんなに申し訳無いじゃない……。
その思いが頭を駆け巡ったサイカは、振り下ろされたロングバトルアックスをまたしても床を転がって回避する。
先程よりも回避が遅かったのでかなりギリギリだったが、避けてしまえばこっちのものである。
その転がった勢いで更に地面を転がって、足を振り回してコラードの足を払う。
「ぬお!」
「ぬあああっ!」
尻もちをついたコラードが完全に起き上がる前に蹴りを繰り出し、彼の手からロングバトルアックスを弾き飛ばす。
それに続いて顔面を蹴り飛ばし、鼻の骨を折ってやる。
その痛みに耐えながら何とか立ち上がったコラードだが、腹目掛けて再びサイカのミドルキックが入る。
「ぐほっ!?」
「りゃあああああっ!!」
腕を振って勢いをつけたサイカは、その勢いを利用して横に一回転しつつ足を振り上げて飛び上がり、その足でコラードの側頭部を蹴り飛ばした。
「ぐほっ……」
「はーっ、はーっ、はーっ……!!」
血反吐を出しながらコラードはそのまま地面にうつ伏せに倒れてしまい、がっくりと意識を失った。
この瞬間、コラードを倒す事に成功したサイカだったがまだバトルそのものは終わっていない。
何故ならまだ、向こうではレウス達が乱戦を繰り広げているからだ……とそちらの方を向いて走り出したのだが、その乱戦が行なわれている筈の所では予期せぬ展開が待っていた。
「……えっ!?」
「おい、そこから動くんじゃないぞ!」
「そうよ。動いたら女王陛下の命は無くなるからね?」
サイカがシャムシールを片手に見た光景。
それは何と、なるべく戦いに巻き込まれない様にしていた筈の女王陛下レアナが、ヴェラルとヨハンナの赤毛コンビに捕らわれて武器を突き付けられている姿だったのだ!
「全く……まさか君達がここまでやるとはねえ。どうやらそっちの二枚舌の傭兵も倒されちゃったみたいだし、ドミンゴもライマンドも倒されちゃうし本当に使えない連中ばっかりで困るよねえ?」
「くっ、レアナ様を放せ!」
「放せと言われて放すバカは居ないでしょ? これだから馬鹿は困るね」
完全に馬鹿にした口調でレウスにそう言うディルク。
まさか国外脱出の瀬戸際にレアナがこうして敵に捕らえられてしまうとは、ここまで来て油断してしまったレウス達の大失態である。
そしてこの後、ディルクによってレアナと彼女を捕らえている赤毛の二人とコラード以外の全員が強制的に行動させられてしまう。
「まあ、今回は僕達の負けって事にしておこうか。ここまでの被害を出されちゃったらちょっとね……この後の実験とか国外の調査とかにも支障が出そうだしさ」
そう言うとディルクが手に持っている杖をクルリと回して、地面を強くドンッと叩いた。
するとその瞬間、魔術が使えない筈のこの空間の中に……正確にはレウス達の足元にのみ魔法陣がブワッと広がったのだ。
「な、何だこれは!?」
「何だって……魔法陣に決まっているじゃないか」
「そうじゃねえ! 何でてめえが魔術を使えんのかって聞いてんだよ!!」
ソランジュが発した一言にそう答えるディルクだが、その回答に納得しなかったサィードがちゃんとした質問内容をぶつける。
すると、ディルクは当たり前と言わんばかりの口調でこう言い放ったのだ。
「僕が魔術を使えるのは当然だろう。だってこの仕掛けは僕が作ったんだからね」
「おい待て、貴様確かさっき、こっちも魔術が使えないと……!」
「ああ、確かに言ったね。こっち側も魔術が使えないって言ったけど、僕自身が魔術を使えなくなるなんて一言も言ってないからねえ?」
「そ……そんなの、卑怯よ!!」
「卑怯? それは違うね。僕は事実を言ったまでだよ」
エルザとアレットのセリフにも、薄ら笑いを浮かべながらそう答えるディルク。
そして何時の間にか、レウス達から少し離れた場所に居たサイカの足元にも魔法陣が出来ていた。
先程、戦いの前にディルクが指し示していた魔法陣が何時の間にか無くなっている事から、どうやらその魔法陣が小さく分裂して個人個人の下に移動したらしい。
「ねえちょっと、この魔法陣は何なのよ!?」
「これ? あれ……これってレアナ陛下が説明してくれていたじゃないか。みんなをこのカシュラーゼ王国外に転移させられる魔法陣だって」
「おい、これは何処に繋がっているんだ!?」
「さぁ? そこまでは聞いていないから分からないよ。でも少なくともこのカシュラーゼ王国内では無いだろうね。だって国外に転移する為に作られているんだからさ」
「お前……これから先で一体何を企んでいるんだ!?」
段々と強くなって行く魔法陣の光に飲み込まれる一行は、身体の自由が利かない状態に陥りながらも必死にディルクに質問を浴びせる。
サイカとセバクターの質問に答え終わり、最後にレウスからそう聞かれたディルクはこう答えた。
「エヴィル・ワンの復活実験を進める。このレアナ陛下には目の前でそれを見届けて貰う為の人質になって貰うよ。まぁ、君達を殺さないだけ有り難いと思ってよね。それじゃ元気でね!」
「み、皆さん……嫌ああああああああっ!!」
ディルクの薄ら笑い交じりのセリフと、レアナの絶叫を聞きながら完全に光に飲み込まれた一行の身体は、次の瞬間にはこの大部屋の中から一瞬で消え去っていた。
六章 完