272.魔法陣のある部屋で
「何だよ、せっかく話が盛り上がって来た所だったのによぉ~」
「人の事情をサカナに盛り上がられても困るのだがな。それよりも中の気配はどうなっている?」
サィードのぼやきに対してそうコメントをしたセバクターが先頭集団のレウス達に問えば、先程と同じく耳と目と気配でレウスとアレットとエルザがドアの先の様子を窺い始める。
「中の気配は……沢山だな」
「ああ。かなり多い。今まで出会った敵の集団よりもかなり多いぞ」
「と言う事はこの中に戦力を集中させているみたいね」
レアナ曰く、どうやらこちらの動きが監視カメラなる魔道具によって全てキャッチされていた為、自分達がここに向かっているのは敵にも丸分かりだったらしい。
それでもここまで来てしまったからにはもう引き返せないし、今から他の脱出口を探して歩き回るのも危険だ。
なのでここはもう度胸一発、覚悟を決めてレウスがその両開きのドアをバーンと勢い良く開け放った。
「まさかここまで来るとはね……。敵ながら感心しちゃったよ」
パチパチパチと何処か気の抜けた拍手が、この魔法陣のある部屋の中に反響して響き渡る。
その拍手の主は、この入って来たレウス達を逃がすまいと自らここまでやって来たディルクだった。
そして彼の後ろには、大勢の武装した兵士達と魔術師達が何時でも戦闘開始出来る様に臨戦態勢で控えているではないか。
「俺達が来るって事、知ってたのか?」
「まあね。ここはもうそのレアナと言う女王陛下のテリトリーじゃなくて、僕の支配下に置かれているんだ」
そう言いながら、ディルクは自分の後ろにある青白く輝いている魔法陣を指差した。
そして余裕たっぷりにこう言い放つ。
「君達の目的はこの魔法陣だろう?」
「……」
「まあ、だんまりって事は図星なんだろうね。別に良いや、こっちで勝手に喋らせて貰うから。僕等は君達をここで止めなければいけない。だけど君達はこの魔法陣に乗って逃げなければいけない。だったらどっちかが勝つか負けるかって事になるよね? なら、ゲームをしようか」
「ゲームだと?」
「そう、ゲーム。君達が僕達とここで戦って、誰か一人でも魔法陣に乗ればここから魔法陣で何処か遠くまで逃げて行っても良いさ。魔法陣は僕の手によって起動しておいてあげたからね」
元々起動していなかった魔法陣を起動したのは、せめてものハンディキャップなのだろうか?
それにしても随分余裕である。
「やけに自信満々じゃないか?」
「そうだよ。だって僕等が負ける筈無いもん。ここに総力を集めているんだからね。それにこの男にもう一度だけチャンスを与えたんだよ。本当にこれが最後って約束でね」
「え……?」
ディルクの指差す方向を見てみると、そこに立っていた人間の姿に目を疑う。
何故ならそれは、ソランジュとサイカが結局見失ってしまったあの……。
「こ、コラード!?」
「そうだよ。この傭兵は何度も何度も失敗ばかりしているけどね。だから僕がお情けを与えてやったの。それにほら、そっちには赤毛の二人も居るんだよ?」
コラードと正反対の位置を指差すディルクの、その指先。
そこには確かに、赤毛コンビのヴェラルとヨハンナの姿があった。
「セバクター……まさか貴方がそっちにつくなんてね」
「元々リーフォセリア王国のマウデル騎士学院の出身だって言うから、それも無理は無いんじゃないのか、ヨハンナ?」
「ええ、それもそうね」
まさに、ここで脱出出来るか出来ないかの瀬戸際になるだろう。
しかし、パーティーメンバーの中で最も魔術に詳しいアレットには気になる事があった。
「ねえちょっと待ってよ。その魔法陣には魔力が注ぎ込めたのよね? だったら魔術も使えるって話じゃないの?」
しかし、ディルクは鼻で笑って否定した。
「はっ……魔術が使えなくなる仕掛けを施したんだよ。君達も、それからこの連中も魔術は使えない。君達がここに来る前に魔力をこの中に注ぎ込み、そして僕が魔術を封印する仕掛けをまたこの地下全体に張り巡らせれば良いだけの事さ。……ああ、言っておくけど魔法陣はちゃんと機能する様にしておいたからね」
「……貴方、一体何者なの? そんなに複雑な魔術や封印をいとも簡単に……って事でしょ?」
だが、そのアレットのセリフを聞いたディルクが突然切れ始めた。
「いとも簡単に? 馬鹿を言うな!!」
「っ!?」
ちょっとした鍛錬場並みの広さがありそうなこの魔法陣の部屋全体に響き渡る位の大声に、レウス達だけでなく味方の赤毛コンビを始めとする彼の配下達も一様に驚く。
そしてそれに構わず、ディルクは更にセリフを続ける。
「僕がどれだけこの世界に生まれてから努力して来たと思っているんだ! 魔術に関しての才能もそうだが、それだけでこんな高度な魔術が使える訳が無いだろう! 才能ってのは努力と合わさって初めて効果を発揮するんだ!! それをいとも簡単にだなんて言われると腹が立って腹が立ってしょうがないんだよ!! おい君達……この世間知らず連中を全員叩きのめしてしまえっ!!」
アレットの一言が切っ掛けとなり、そのディルクのセリフと共に彼の配下達が一斉にレウス達に襲い掛かって来た。