268.めんどくせー事情
しかし、ソランジュはまだ諦めない。
自分をなめて貰っては困るとばかりに、変わった形でロングソードを構えてライマンドを見据える。
「へー、なかなか面白い構え方じゃんよ!」
そう言いながら再び両手の短剣を振るってソランジュに突っ込むライマンドだが、今まで彼の動きと戦い方を間近で見て来た上に、こうして少しの時間だけでも休めたのは大きかった。
体力を回復させてロングソードを振るうソランジュに対し、ライマンドは一気に彼女の懐に飛び込んで思いっ切りパンチをお見舞いする。
「がはっ!?」
「おら!」
「ぐうっ!!」
更に顔面にもパンチをお見舞いして彼女を再び床に転がすが、負けずにソランジュは起き上がる。
「だーかーらぁー、良い加減に諦めろっつーの」
「……」
「へっ、聞き分けの無え女は嫌いだぜ。だったらさっさと死んで貰うしか無えよなあ!?」
今度こそ短剣で仕留めてやると踏み込むライマンドだが、ソランジュは既に彼の動きに目と身体が慣れていた。
再び振るわれる短剣を、先程自分がされた様に両腕でブロックしてお返しにロングソードの柄で胸を突く。
「ごはっ……やろ……ぐお!?」
「はあっ!!」
一瞬怯んで再び向かって来るライマンドの攻撃をブロックし、ソランジュがカウンターで肘を入れる。
そこから立て直したライマンドが今度は右のローキックを彼女に入れ、左の膝の裏を蹴られたソランジュが床に片膝を着く。
「ふるぁ!」
「くっ、うっ……ぬあっ!!」
更に右のミドルキックでソランジュの側頭部を蹴り抜こうとしたものの、ベストタイミングでソランジュはそのライマンドの右膝の関節を、左腕で下から上に向かって抱え上げる。
そして片足立ちの姿勢になったライマンドの軸足、つまり左足の裏を右手のロングソードで斬り付けて足を潰した。
「ぐおあああああっ!?」
「ぬん!!」
「がへえ!?」
仰向けに床に倒れたライマンドの股間を全力で踏み潰し、更に悶絶させる。
それでも気力を振り絞って何とか起き上がろうとするライマンドの顔面目掛け、勢いがついたソランジュの右の前回し蹴りが炸裂。
鈍い音と共に顔面を蹴り抜かれたライマンドは、そのまま意識を失って口と鼻から血を流しながら床に倒れ伏した。
「ぐほっ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
かなり手ごわかったものの、何とか勝利を収めたソランジュは既に動かなくなったライマンドのズボンのポケットから牢屋のカギを拝借し、彼の手によって先程牢屋に入れられてしまったレアナをその牢屋から助け出した。
「ご無事ですか、レアナ様!?」
「え、ええ……ですがライマンド様は? この位置からは戦いの様子が見えなくて……」
「彼ならあそこでああやって倒れていますよ。それよりもここは危険です。皆の所に戻りましょう」
「は、はい……」
かなり複雑そうな表情を倒れているライマンドに向けて一瞥し、レアナはソランジュと共にラウンジを後にした。
そして一行の元に戻ってみるとそちらの戦いも既に終わっていたらしく、何時の間にか居なくなってしまった三人を捜していたらしい。
その中でソランジュを最初に発見したサイカが、レアナを連れている彼女に気が付いて駆け寄って来た。
「あっ、ソランジュ……何処行ってたのよ!?」
「ああ、あのライマンドと言う男がレアナ様を連れて行こうとしていたものでな。だからレアナ様を取り戻して来た」
「はい、ソランジュ様に助けて頂きました」
疲弊した様子のレアナにそう言われて、サイカの横からレウスが歩み出る。
「そうか、ありがとうな。こっちもこの通り全滅させた。……レアナ様、それでは俺達を引き続き案内して頂けますか?」
「ええ、勿論ですわ。この先に大きな部屋がありますの。そこに魔法陣がありますので、そこから脱出が可能です」
ソランジュから離れて、再び一行を先導し始めるレアナ。
先程ライマンドに叩き落とされたレイピアも再び鞘の中に収められ、元の状態に戻った彼女の足取りは何処か軽そうだった。
彼女の話によれば、もう少し進んだ先に王族が優先的に使用出来る脱出用の魔法陣が存在しており、その魔法陣で全員を一気にこのカシュラーゼから国外の何処かへと転移させる事が出来るらしいのだが……。
「その魔法陣なのですが……実は私は存在を知っているだけで、何処に転移出来るかまでは聞いた事が無いのです」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。本当の緊急事態用に使われる魔法陣ですから、その時の情勢によって転移する場所を定期的に変えているらしいんです。例えばソルイールに受け入れ態勢が整っているならソルイールに、ルリスウェンが平和ならルリスウェンにと言った具合に。そして、それは転移担当の魔術師しか普段は知らないのです。王族関係者の中にも裏切り者が居ないとも限りませんので、有事の際に改めて教えて頂ける決まりなんですよ」
「うわ、めんどくせー事情ですねそれ」
思わずぼやいたサィードの左脇腹を、無言でセバクターが右肘を使ってどつく。だが、レアナは「確かにそうですね」と苦笑いしてそれを認めた。
とにかく、そのめんどくせー事情で成り立つシステムを使って国外に脱出してしまえば一定の安全を確保出来るだろう、と言うのがレアナの見立てである。