255.ディルクの作戦
「ふぅん、あの女王陛下もどうやら向こう側についたみたいだねえ?」
「それは本当ですか、ディルク様?」
「ああ。と言うか君達も一緒に僕とこの映像を見ていただろう? いちいち質問しないでよね」
心底かったるそうにそう言うディルクに対し、うーんと悩んで今後の状況を懸念しているのは同じく魔術師のドミンゴだった。
「しかしディルク様、あの者達がもしレアナ様を国外へと連れ去ってしまったらかなりまずい状況になるのではありませんか?」
「そうだねえ……それは確かにそうだよね。もしこのままあのレアナ女王陛下を一緒に連れて行かれちゃって、色々とペラペラ喋られちゃったら困るんだよねえ……」
しかし口ではそうやって心配している様子ではあるものの、ドミンゴ、ライマンド、ヴェラル、ヨハンナの余人が真正面から見ている限りではその口元に笑みを浮かべているのがはっきりと分かる。
一体何を考えているのだろう? と不安になるその四人の目の前で、ディルクは自分の愛用のロッドをおもむろにドミンゴの首筋に物凄いスピードで突き付ける。
「っ!?」
「君さあ……確か魔術師だって話だけど肉弾戦も出来るんだよね?」
「は、はい……」
「だよねえ。だったらあの逃げて行った連中を相手にして魔術無しでも何とか出来るかな?」
「無し、ですか?」
「そうだよ。僕等魔術師から魔術を取られてしまったら、それはただの人間なんだよ。獣人だって同じだけど、獣人には元々持っている運動能力があるじゃないか。だけど僕等は人間でしか無い……そしてそれはあの一行にも当てはまるんだよ」
「あ、あの……おっしゃっている意味が良く分からないのですが……」
そのロッドの先端からは、今まで無かった筈の鋭利な刃が突き出ている。
それを首筋にピッタリと当てられている今の状況を考えると、ディルクもそれなりに武芸に精通しているのだろう、とその動きの正確さと速さからドミンゴは察する事が出来た。
しかし、今こうしてロッドに仕込まれている刃を突き付けられながら、話をされている内容が余り理解出来ないドミンゴがその意味をもっと良く理解するべく、黒髪の稀代の魔術師に問い掛ける。
すると、このプライドが異常に高い筈の魔術師は意外にも自分の非を素直に認めた。
「あー、そうだね……僕の説明が悪かったね。じゃあもっと簡単に説明しよう。君達は魔術を使わずにあの一行を止めるんだよ」
「魔術を使わずにですか!? そ、それは余りにも無茶かと……」
「無茶? じゃあ僕に報告していたあの内容は嘘だったって言うの、ドミンゴ君? 君がビームサーベルを使って女二人を相手に徹底的に叩き潰したってあの報告の内容はさ?」
ロッドの刃が、ドミンゴの肌を切るか切れないかの絶妙な力加減のまま移動する。
首筋から喉、それから上に移動して顎の裏、更には唇から鼻の頭とかなり狭いスペースをツツーッとなぞって行くその動きに、ドミンゴは少しでも動いたら絶対に切れてしまうと微動だに出来なかった。
しかし、黒髪の魔術師は厳しい目つきで彼を睨み付ける。
「ねえ、僕がこうやって質問しているのに黙ったままじゃ分からないんだけどさあ? 僕は君の上司に当たる人間だよ? この国の筆頭魔術師だって事、分かってるよねえ?」
「……あ……あ……」
「あの、ディルク様……この状態じゃドミンゴも口が開けないと思いますので、どうか刃を収めて……」
「ふん、まあ良いや」
鼻を鳴らしたディルクはつまらなさそうにロッドを下ろし、改めてドミンゴに問う。
「喋れる様にしてあげたんだから、今度はちゃんと答えてよ。君は魔術無しでも戦えるのかい、ドミンゴ?」
「は、はい、戦えます!」
「そう……なら良いや。そのビームサーベルは魔力を使うから無理だね。それからライマンドの使っていたホバーボードも同じだから、その二つは置いて行ってよ。上の世界……表のカシュラーゼで使っている君達の武器で戦うんだ。それからそっちの赤毛のお二人さんもだよ、良いね」
「はっ、かしこまりました」
「分かりました。ですがディルク様、何で魔術を使っちゃいけないんですか?」
不思議そうにヨハンナがそう聞けば、ディルクはスッと監視カメラの映像を指差した。
黒い指輪がはまっているその指の先には、先程までこの寝台に横たわっていたレウスの姿が映っている。
「この男が、あの五百年前に魔竜エヴィル・ワンを討伐した勇者アークトゥルスの生まれ変わりだって話だけどさあ、まあそれが本当だってのはもうちょいちょい知れ渡っている事なんだよね。で、このアークトゥルスはかなりの魔術の使い手でもあるし、体内の魔力はここで測定した通り常人の十倍もあるからね」
「そうですね、それは驚きました」
「そう。地下牢獄の中ならまだしも、この研究所内で派手にそんな魔術を使われて実験器具を破壊されたりでもされたらたまったもんじゃない。だから、このアークトゥルスの魔術を封じるんだ。この男にだけは要注意だよ。この地下施設全体に魔術を使えない様にする文様をこれから作るから、それで一気に叩き潰すんだ!」