254.何か忘れてねーか?
先代のカシュラーゼ国王が、あのディルクによって毒殺された?
まさかの事実にレアナ以外の一同は言葉を失う。
それを今まで黙って聞いていたセバクターが、ふと疑問に思った事を口にしてみる。
「レアナ陛下は何故、先代陛下の毒殺を止められなかったのですか?」
「私が父の料理に毒が盛られたのを知ったのは、父が毒殺された後でしたから止められませんでした。そもそも私がその事実を知ったのは、あの男から直接聞いたからなんです、僕が君の父上を殺したんだよ……と」
「何だって? 何故自分からあの男は毒殺犯だとバラしたんだ? いや、それも分からないか……」
「いいえ、それも聞きました」
「え?」
レアナに聞いたって知っている筈が無い。
そう思っていたレウスの予想は、レアナによって呆気無く裏切られてしまった。
「僕は、あの国王が嫌いになったんだ。だから僕が毒を盛って殺したんだ……って」
「嫌いになった……?」
「ええ。あの男は自分がこれ以上利用されるのを嫌がったそうです。最初の内は単純に自分の魔術の知識と技術をひけらかして優位性を保ち続けたいって言ってたんですけど、その技術と知識に目をつけて父上が色々と要求をするのが嫌になってしまったらしいんです。僕は僕のやりたい様にやりたいのに、その邪魔をするなんて許せないんだって自分から話していましたよ」
「勝手だな。凄く自分勝手だな。自分から自慢する為にこの国に来ておいて、事情が変わって頼られる様になったら毒殺ですか。本当に勝手だな」
レウスの呟きに他のメンバーも同意した所で、ふと何かを忘れている様な気がしたサィードが声を上げる。
「なぁ、それはまたおいおい話して貰うとして……俺達って何か忘れてねーか?」
「え? それってこのレアナ様に先導して頂いて、ここから脱出するって事じゃないのか?」
しかし、それよりも前に決めた事を忘れている様な気がするサィードはレウスのセリフに首を横に振った。
「いや、それじゃねえよ。それだったら今こうして先導して貰ってんだろーが。そうじゃなくてその……もっとこう大事なさぁ……」
「あああああああっ!?」
「うわっびっくりしたあ!! おいアレット、貴様いきなり大声を出すんじゃない!!」
突然大声を上げたアレットに驚いたエルザが彼女を怒鳴りつけたが、その怒鳴り声よりも更に大きな声でアレットが「忘れていた事」を思い出した。
しかも顔面蒼白の状態である。
「さっきの声……ソランジュとサイカが危ないわよ!!」
「あっ、そうだそうだ!! あの二人は確か囚人達を解き放たれて、今そこで戦っている筈だ!!」
「やべえぞ……なぁ女王様、地下にまず案内して下さい!! その二人はきっとそこに居る筈なんです!!」
「ち、地下ですか?」
「ええ……さっきの声が全て本当だったら、地下の囚人達と戦っている筈なんです! だからまずは脱出よりも先に、あの二人を助け出さないといけないんです!!」
大声で訴え掛けるサィードの気迫にあっさり押し負けたレアナは、それだったらまずはこっちですと言いながらルートを変更して小走りで研究所内を駆け抜け始める。
だが、そんな一行の目の前に立ち塞がる集団があった。
「居たぞ、こっちだ!!」
「絶対に逃がさないわよ!!」
「おっ……おい、何だこいつ等?」
ここに来た時はまるで無害だった筈の研究者達や魔術師達が、手に武器や杖を持ってこちらに駆け出して来ているのが見えた一行。
明らかに敵意を持って向かって来るその一行に対し、まずはレアナを守りつつ戦ってあっさりと片付ける。
相手の戦力もそれ程では無かったらしく、すぐに片付いたのでさっさと先を急ごうとした一行だったが、突然館内放送によってディルクの声が響き渡った。
『敵襲~、敵襲~!! 侵入者達が研究所を荒らし回っているぞ!』
「なっ……」
『しかも女王陛下のレアナ様を誘拐してここから逃げ出そうとしている! 総員、レアナ様を連れている連中を見かけたらすぐに捕まえろ! 殺しても構わない、さっさと出動だ! 繰り返す! 侵入者達が研究所を荒らし回って女王陛下のレアナ様を誘拐してここから逃げ出そうとしている! 捕まえろ!』
「あ、あの男……私達をレアナ様の誘拐犯に仕立て上げたって訳ぇ!?」
半分デマが混じっているそのディルクの声に激昂するアレットの横で、緊迫した表情になりながらもエルザは冷静に分析する。
「そうか……ここに初めてやって来た時、不気味な程にここの研究員や魔術師達が私達に対して静かで無害だったのは、何も情報を知らされていなかったのかも知れないな」
「そして今、こいつ等はこの放送を聞いて俺達を敵と判断したって事か!?」
「恐らくそうだろう。ただし、今こうやって私達が倒したこの連中は今の声の前に、既にそれを聞いていたらしいがな」
「のんきに分析している場合じゃないだろうエルザ!! 良いからさっさとここから逃げて、地下に行くぞ!」
「あ……ああ!」
グイッとエルザの手を引っ張るレウスを二番手にして、先頭を行くレアナに続いて地下に向かう一行。
それを研究所の至る所に設置された監視カメラの映像で見つめるディルクの赤い瞳には、狂気的な光が宿っていた。