243.逃げる二枚舌
「なっ……」
「よそ見してんじゃねえよ!!」
「ぐほっ!!」
まさか偽物の方を見破られてしまうとは思っていなかったのだろう。
エルザとアレットの奮闘によって自分の分身が倒されてしまった「本物の」コラードの意識が、一瞬その倒された分身の方に向いたのをサィードは見逃さなかった。
つばぜり合いをしていた相手がよそ見をした瞬間を狙い、コラードを前蹴りで蹴り飛ばして後ろに転がす。どんなチャンスでも見逃さないのが傭兵であるが、それはビジネスチャンスでも戦いの中のチャンスでも同じだ。
しかし、コラードを蹴り飛ばしたサィードとそれに加勢しようとしたエルザとアレットの元に、詰め所の外からまた増援がやって来た。
「くそっ、後は任せるぞ!」
「おい待てっ!!」
形勢不利を悟ったコラードは、その増援の兵士達や魔術師達にこの三人の相手を任せ、さっさと逃げ出して行く。
当然コラードを追い掛けるべくサィードもエルザもアレットも後を追おうとするものの、三人の前にはその増援部隊が立ち塞がって行かせようとしない。
このままではまた逃げられてしまうし、レウスの居場所も知っているかも知れないあの男を逃がしてしまったら、自分達が今まで脱獄した労力や苦労が全て水の泡になってしまう。
それだけは避けたいのに現実はその追撃を許してくれそうに無い。
「任せろ!」
「ここは任せるわよ!」
「えっ……?」
しかし、増援部隊の対処に手一杯の三人の横を身軽な動きで駆け抜けて行く影が二つ。
それは最初に警報を聞いてやって来た集団を倒し終わった、ソランジュとサイカの二人だったのだ。
二人の女は自分がそれぞれ得意とするアクロバティックな動きで増援部隊を上手くかわし、兵士達の詰め所から逃げて行くコラードを追い掛けて同じく通路に出る。
「サイカ、向こうだ!!」
牢獄の通路をそれぞれ左右同時に見渡した二人の内、右を見たソランジュが逃げて行くコラードの後ろ姿を視界に捉えてサイカに呼び掛ける。
「絶対に逃がさないんだから……!」
そう呟くサイカの顔つきはまさに真剣そのもの。
今の所、レウスの居場所を正確に知っているであろう人物は恐らくあのコラードだけだろうし、このカシュラーゼに雇われていると言う事はカシュラーゼの上層部とも繋がりがある筈だと考えるサイカ。
他国の傭兵の協力を嫌う傾向にあるカシュラーゼがこうして雇い入れている傭兵ならば、もしかするとあのコラードはこのカシュラーゼの出身なのかも知れない。
もしくは上層部に気に入られて、特別に協力を許可されて雇われたのかも?
いずれにしてもあのコラードを捕まえて色々聞き出さなければならないので、ソランジュとサイカは戦いで疲れた身体に鞭を入れて奮い立たせながら走り続ける。
(くそっ、しつこい連中だ!!)
追われる立場のコラードは、まさか自分のとっておきの魔術を破られてしまっただけでなく、相手の数の多さであの混戦状態を仲間に任せて抜け出して来た女達に舌打ちをする。
まさかあのとっておきの魔術を破られてしまって、こうして敗走する事になるとは思ってもみなかった。
何せこれは、筆頭魔術師のディルクから教えられたものであり戦力が簡単に二倍になる優れものだと聞いていたからだ。
だが、この魔術には重大な欠点もあった。
(あの魔術は魔力の消耗が激しいから、私の体内にある魔力の量では一回限りの切り札としてしか使えないものだったのに……!!)
事前にディルクから受けていた説明によれば、コラードの魔力量を測定した結果、実にその七割の魔力を使って自分の分身を作り出す大きな魔術である事が分かった。
それは教えられたコラードも承知の上であり、あの五人を確実に仕留める為にタイミングを窺って発動したつもりだったのに。
まさか分身が見破られてしまうなんて、一体どうしてなんだ!? と驚きを隠せない彼は、アレットが分身を見破った原因が「影が出来るかどうか」と言う事には気が付いていない。
六人がここに連行されて来たと聞き、いずれ自分にもレウスを除いたあの五人の迎撃のお鉢が回って来るだろうと踏んで、すぐに使える魔術をディルクに相談した結果の急ごしらえのものだったからだ。
(誤算だった……分身を見分ける方法をあの筆頭魔術師から受けるべきだったんだろうが、何せ本当に急だったからな。そこまでの説明を受けていないのが悔やまれる!!)
心の中で何処か他人事の様に反省しているコラードだが、とにかく今は後ろから自分を追い掛けて来る二人をどうにかして振り切らなければまずい。
(こうなったら逃げられるだけ逃げてやる。もうすぐで私も三十歳だから体力面では後ろの若い女二人に劣るから不利だ。このままズルズルと引っ張り続ける訳にはいかない!)
何処か行き止まりにでも追い詰められたら終わりなので、このまま全力で振り切るか後ろを振り向いて倒してからゆっくり逃げるかの二択だ。
その上で、一旦ディルク達の居る研究室まで戻って応援を要請しなければまずい……と考えていたのだが、その研究室でも少しずつ異変が起こり始めていた。