21.慌ただしい入学初日
朝。
小鳥のさえずりによってレウスの一日は始まる。
そのさえずりと窓から差し込む太陽の光の刺激で目を覚ましたレウスは、モゾモゾとベッドから起き上がって日課の家族の朝食作りに向かうべく、身支度を整え始めたのだが……。
(あれっ、何だこの部屋は?)
自分が今居るのは、何時も寝起きをしている木造の壁で囲まれた小さな部屋では無かった。
白い壁で統一され、自分の部屋のおよそ二倍はあるであろう広さと薄紫の豪華な絨毯が特徴的な場所だったのだ。
その部屋をグルリと見渡して、レウスの脳裏に昨日までの出来事が一気にフラッシュバックする。
(ああ、そうか……やっぱりこれが現実らしいな)
願わくば今までの出来事は全て夢であって欲しかったレウスだが、この騎士学院の応接室で目を覚ましてしまった以上は、現実として認めざるを得ない。
昨日までは地元の飲食店の店員だった自分が、今日からこの騎士学院に通う学生になったのだと言う事を。
その現実をヒシヒシと感じていたレウスの耳に、コンコンとノックの音が聞こえた。
「はい、どなたですか?」
「エドガーだよ。今日から必要になる物を色々と持って来たから入れてくれ」
「あ、はい!」
若干寝癖混じりの髪を手で整えながら、レウスはガチャリと出入り口のドアを開ける。
そこには相変わらず大柄な体躯を持つ、父のゴーシュの元相棒のエドガーの姿があった。
茶色のロンググローブが嵌められている大きな両手には、今日からレウスが学生生活を送るのに必要な物が沢山あった。
「えーっと、まずこれがここの制服一式な。二年に編入だから胸の紋章も二年生用だ。それとこっちがそれぞれ戦術と魔術と礼儀作法と、武器術と体術の教科書だな。ああ、それと今日は編入に当たって健康診断と身体測定があるから、制服に着替える前にこの書類を持ってここの一階にある医務室に行ってくれ」
それ等を全て受け取って確認していたレウスだが、ふとここで忘れていたもう一人の事を思い出した。
「そう言えば、セバクターさんはどちらに?」
「セバクターだったら、今回の事件の事でしばらくカルヴィスに滞在するらしいから、俺が紹介した寮の空き部屋に自分の荷物を持って行ったぜ。それから戦術や武術の特別教官も引き受けてくれたからよぉ、もしかしたら授業で色々と教わる事になる時もあっかもな」
「そうなんですね」
「あいつはここの卒業生だし、寮の事とかで分かんねー事があったら色々聞いてみると良い。えーっと、それから寮は門限があるからな。夜の八時までに戻って来ないと防壁魔術が展開されて入れなくなるから、朝まで野宿確定だぞ」
「それは嫌ですね」
前世では旅の途中で何度も野宿をしていたレウスだが、寮生活でそれをやると立場的にかなりミジメである。
だが、そこでふと疑問に思った事が。
「あれっ、この学院全体に防壁魔術が展開するんですか?」
「そうなるな。敷地内に全て掛かっちまうぜ」
「だったら俺が見た、あの赤毛の二人組はその防壁魔術を破って入って来たって事になりません?」
「あ……」
レウスの疑問に、エドガーはハッとした顔つきになった。
「そうか、それだとそうなるな……分かった。それじゃその辺りについては俺が調べておくから、お前はまず健康診断に向かえ。それが終わったら制服を着て校内の食堂で飯を食って、その紙に書いてある教室へ行くんだ。アレットと同じクラスにしておいたから教室に入ればすぐに分かる筈だからよ」
「分かりました」
「あ、朝食の時間は朝七時から八時半時までだ。授業は九時からだから遅れんじゃねーぞ」
レウスに一通りの説明をしたエドガーが部屋を出て行き、再び部屋の中に静寂が訪れる。
時計を見ると朝の七時なので、色々バタバタするのであれば早めに行動した方が良さそうだとレウスは考える。
(初日から何だか忙しいなー。と言うか、編入手続きってそんな一日で出来る様なものなのかな?)
普通だったら絶対無理だろう。
恐らく、騎士団長ギルベルトが自分の入学を命令した事で手続き関係で色々と融通が利いたのかも知れない、と思うレウス。
(それだったら多少無理をしてでも騎士団長命令で通ってしまう……かな。でもそれにしたって昨日の今日で編入だなんて、話を急ぎ過ぎだよなあ)
しかし、もう決まってしまった以上はエドガーに言われた通りに動かなければならない。
エドガーが持って来てくれた物の中には荷物入れとして使える麻の袋もあったので、それに受け取った荷物を突っ込んで書類片手に医務室へと向かう。
しかも健康診断を受けたそのすぐ後に朝食を摂り、授業を受けなければならないなんて余りにも目まぐるしい。
(そういや俺、アレットと同じクラスだって聞いてたけどそれだけが救いかな。少なくともあのエルザって気に食わない女と一緒にならなくて済んだ……学年が違うからその可能性が無くて良かったぜ。もしあの女と一緒だったら絶対目の敵にされてただろうしな)
少しでも自分の心が安らぐ事を考えていなければ、自分の望む方向とは反対に進んでいる今の状況の中でどうにかなってしまいそうなレウスは、健康診断を受けるべくトボトボと廊下を進んで行った。




