232.地下牢獄での異変
「あてて……くそっ、一体何があったんだ?」
未だに腰の辺りに鈍い痛みが走るのを感じながら、気絶から目覚めたサィードは頭を振りながら辺りを見渡す。
そこは薄暗い何処かの牢屋の中だった。
どうやら自分はあの時に気絶させられてここに運び込まれたらしいと言う事までは理解出来たのだが、肝心のレウスの姿が何処にも見当たらないのが気になっている。
(レウスは……一緒じゃねえのか。何処か別の場所に連れて行かれたみてえだな。とにかくここからどうにかして出なきゃならねえが、肝心の俺のハルバードは見当たらねえし、何か脱獄に使えそうな道具も無えな)
そうそう都合良くは行かないのを身をもって実感している状況だが、かと言ってこのまま諦める訳にはいかない。
しばし考えた後、鉄格子の外側の通路に誰かが居るかも知れないと考えてサィードは鉄格子に近づく。
「おい、誰か居ねえのかよ!? あっ……おいそこの奴! なぁ、人をこんな場所に閉じ込めやがって……黙ってねえで何か反応しろよ!! 無視してんじゃねーよ!!」
鉄格子の内側から見える範囲では、近くに見張りが一人立っている事しか分からない。だが、大声で叫んでも見張りは反応してくれない。
まずはとにかく、この自分と外界を隔てている鉄格子をどうにかしなければならない。
これがもし夢だったら自分の手で鉄格子を簡単にへし折れて外に逃げる事が出来るのだろうが、あいにくこれは現実の世界なのでへし折るどころか曲げるだけでも難しそうである。
(どうすっかな……鉄格子の外には見張りが居るし……)
鉄格子と共にあの見張りもどうにかしないと、例えこの鉄格子から抜け出してもすぐに捕まってしまうだろうとサィードは考え込む。
見張りの男は牢屋の横の壁に腕を組んで、足も組んで寄りかかっている。
何か役に立ちそうな物は無いかと思ってもう一度部屋の中を探ってみるサィードだったが、最初に確認した時と同じ様に何も使えそうな物は無い。
それでも何か無いか……と懸命に探し続けるサィードだったが、結局何かが見つかりそうな気配は無かった。
だったら部屋の中の設備で、何か脱獄に使えそうな物が無いか考えてみる。
(ションベンとかする為のバケツにそれから吊りベッドに……食事を受け取る為の鉄格子についてる小窓位しか無えな)
これだけで一体どうやって脱獄しろと言うのであろうか。
サィードは考える事が苦手な自分の頭で、これまで生きて来た二十六年間の色々な記憶から何か脱獄に役立てる知識は無いかと探ってみる。
(う~ん……あ!)
その時、傭兵仲間から以前聞いた事があるこんなエピソードを思い出した。
(そーいや……世界の何処かに色々と工夫して脱獄に成功したって言う奴が居るって聞いた事があるな)
その話に出ていた脱獄成功者はどんな事をしていたっけ……と考えながら、サィードはもう一度牢屋の中に使えそうな物が無いかを見て回る事に。
すると、鉄格子の隙間から外を覗こうと鉄格子に手を掛けた瞬間、肘が何かに引っかかった。
「っと……ん?」
引っ掛かった上着の肘を外してみれば、その引っ掛かりの原因である何かが壁から突き出ている。
良く見てみると、どうやら食事用の小窓の枠に取り付けられている既に錆びた釘だった。
それと剥がれかけている窓枠を見た瞬間、サィードの頭の中に一つの記憶が蘇る。
(あっ、そうか……確かその脱獄した奴の手筈ってのは……!!)
こうなったらその記憶だけを頼りにして何とかやるしか無い、とサィードは行動をスタートする。
まずはその剥がれかけている壁の枠……柔らかい材質の部分をサィードは力任せに引っぺがす。
次に錆びている釘をグイグイと引き抜いて、見張りの男に見つからない様に場所と気配を確認しながら窓の明かりだけを頼りにして作業する。
この窓は食事の受け取りをする為に作られている簡素な物なので、外を見る為に作られている訳では無いのが逆にサィードの作業を目立たなくしてくれた。
次にブリキの欠片の中央部分に、一直線になる様に細かく、隙間を開けない様に釘を使って穴を開けて行く。
こうする事でギザギザの切り取り線を作り出す、地道な作業が続いた。
(焦ったら失敗するぞ……焦るな俺、焦るなサィード!!)
焦ってはいけない。
確実に、しかしスピーディーに事を運ばなければ見張りの男にバレてしまう危険性がアップする。
窓のそばでなければ釘の先端が良く見えないので、ただでさえ危険なこの状況下の中でその相反する条件をクリアするべく、サィードは指先とブリキの穴に集中する。
その脱獄した人物も全く同じ方法で脱獄に成功したと言うので、この情報を教えてくれたその傭兵仲間と先人の知恵に感謝しながら、サィードは手作りのノコギリを作り上げたのだった。
しかし、ノコギリを作ったは良いもののこれでどうやって脱出するかである。
下手に動けば見張りの男に見つかってしまう。
鉄格子の隙間には自分の腕が通るだけの隙間があるからまだ良いものの、身体全体を通り抜けさせられる位の隙間は無いので、今のままでは脱出は不可能である。
「……しゃあ無えな」
ボソッと一言呟いて、少し危険ではあるもののこの方法しか無いとサィードは考えた。