227.エルザのミドルネーム
緑髪の男が繰り出す斬撃は、レウスやサィードのものと比べればスピードも遅いしキレも無い。
とは言えどもそれなりの実力はあるらしい上に、この空き家と言う狭い空間の中で戦うにはかなり回避スペースが限られるので強敵には間違い無い。
この男の素性はさっぱり分からないのだが、こんな見た事も聞いた事も無い武器を開発出来る立場だと自分で言っていたのが引っ掛かるアレット。
(この人ってもしかして……魔術師じゃないの!?)
いや、きっとそうに違いない。
魔力を使用するこんな道具を開発出来るだけの知識と技術を兼ね備えているのであれば、間違い無く魔術師の類だろう。
そう考えてみると、レウス達がウェイスの町で見つけたもう一つの転送陣で転移した先で出会ったと言っていた、例の黒い長髪の魔術師とこの男は何らかの関係があるかも知れない。
だとしたら何としてでもこの男に勝って、それで色々と聞き出したい所なのだが現実はかなり厳しい様だ。
何故なら、この男は常にアレットとエルザ二人の動きに気を配ってビームサーベルによる物理攻撃や、下級魔術を無詠唱で繰り出して来たりするからである。
一方で緑髪の男もまた、自分とそれなりに渡り合っているこの二人に感心していた。
(悪くは無いな。まだまだ二人とも荒削りだが、磨けば将来的にそれなりに使える人材にはなりそうだ)
だが……と男は次の瞬間、エルザの薙ぎ払いをビームサーベルで受け止めつつ一気に彼女に接近し、体格差を活かしたタックルを仕掛けて吹っ飛ばす。
「がはっ!?」
「技術的にはまだまだ次第点と言うレベルだろう。つまり、今のお前では私には勝てない」
「言ってくれるじゃないの……!」
吹っ飛ばされたエルザを起こすアレットに対して、余裕たっぷりにビームサーベルをグルグルと回してそう宣言する緑髪の男。
彼のその宣言にカッと来たアレットは、エルザに回復魔術を掛けてから男に向かって駆け出す。
その後ろ姿を目にしたエルザが、嫌な予感を覚えて大声を上げた。
「ま、待てアレット!!」
「このおおおっ!!」
「身の程を知るのも、戦場では重要な事だぞ」
「がはっ!?」
魔術を詠唱しながら緑髪の男に突っ込んで行ったアレットだったが、そう呟く余裕がある程の彼はアレットに対して自分も近づき、リーチの差を活かした前蹴りを繰り出して彼女の腹を蹴り飛ばした。
更にその後ろからエルザが向かって来るのを見た彼は、今しがた蹴り倒したばかりのアレットの身体を持ち上げて彼女に投げつけた。
「ぐはっ!」
「ぐうぇっ!!」
体重の軽いアレットとは言え、一人の人間を軽々と投げ飛ばすそのパワーを活かした戦法にアレットもエルザも太刀打ち出来ない。
それでも何とかこの男の元から逃げようとする二人を見て、男は溜め息を吐いた。
「おい、そろそろ諦めたらどうだ?」
「誰が諦めるもんか……おいアレット、ここは貴様だけでもさっさと逃げろ!」
「え……」
「この男は強い。それもかなりだ。だからここは私が相手になるぶぐふぉ!?」
「きゃあっ!!」
会話の最中に恐ろしい程の衝撃を受けて、再び吹っ飛ばされたエルザと彼女に巻き込まれるアレット。
吹っ飛ばしたのは勿論、この場にもう一人しか居ない人間の彼である。
「戦場では敵から目をそらすなんて、どうぞ攻撃して下さいと相手に言っている様なものだぞ。ええ、違うか……マウデル騎士学院主席の学生、ミネルバ?」
「ぐはっ……そ、その名前は……」
何故、初対面の筈のこの男が自分のミドルネームを知っているのだろう?
全身を襲う痛みを回復魔術で抑え込みながら、エルザはバトルアックスを手に再び立ち上がった。
「自分の名前だろう。何をそんなに驚いているんだ?」
「驚くのは当たり前だろう……何故貴様が私のミドルネームを知っているんだ!?」
「え……エルザのミドルネームってミネルバって言うの?」
「そうだ。マウデル騎士学院の関係者から教えて貰ったんだよ。ついでにそっちの女はアレットだろう。きちんとデータに載っているから分かるぞ」
アレットにすら教えていなかった、自分のミドルネームを何故この男が知っているのか理解に苦しむエルザだが、マウデル騎士学院の関係者からの情報だと聞いて一気に顔が青ざめる。
「まさか……マウデル騎士学院の中に内通者が居るのか!?」
「そうなるな。だが、誰かは教えられないぞ。こちらにも守秘義務と言うのがあるからな。さて……そろそろ私の部下達もここに大勢で押し寄せて来る筈だから、いずれにしてもお前達に逃げ場は無い。無駄な抵抗は止めるんだな」
「そんなに無駄な抵抗では無いわよ!」
そう言いながら再び自分に向かって来るアレットに対し、緑髪の男は先制攻撃のスライディングで足払いを掛ける。
それによって倒れたアレットのみぞおちをかかとで蹴って気絶させ、背後から向かって来たエルザには振り向きざまのミドルキックを入れて対応。
そして彼女の目の前に手をかざして呪文を唱えると、エルザは身体が動かなくなって地面に倒れてしまった。
(身体が……動かない!?)
「だから無駄な抵抗は止めろと言っただろう。ほら、部下達も来たからもう終わりだ」
遅れて駆け付けて来た自分の部下達である魔術師達を使って、地面に倒れて気絶しているアレットと、身体が動かなくなってしまったエルザを城まで運ぶ様に命じてから、緑髪の男は自分も城に戻る事にした。