219.例の設備
「グヒュッ」
「はぁ……はぁ…」
奇妙な呻き声を上げて、脳天に突き立ったシャムシールを認識する暇も無いままに絶命した狼獣人は、そのまま前のめりにゆっくりと倒れ込む。
サイカはその倒れる狼獣人の動きに逆らわず、一緒に地面に向かって落ちて行き上手く着地した。
そのまま狼獣人の奇妙な液体まみれになったシャムシールを引き抜き、岩壁に向かってビュッと汁を飛ばしてから腰の鞘に収める。
「何とか終わったわね……」
「ああ、良くやってくれた。しかしこんなのがこの先にウジャウジャ居るとしたら、ここから先は魔術に頼らない戦い方が必要になるな」
サイカに礼を言いつつも、こんな状況になってしまった事をレウスは非常に重く受け止めている。
何故なら、今まで魔術が通用しない相手に出会った事も無ければ、自分の防壁魔術を貫通して攻撃出来る相手と対峙した事も無かったからである。
それだけに今回のショックは大きいのだが、ショックを受けてばかりもいられないので先に進むに当たっての対処法を考えなければならない。
これで相手に武器での攻撃が通用しないとなれば致命的だったが、幸いにも今のサイカの活躍ぶりを見る限り普通の攻撃は通用するらしいので、今後は魔術に頼ってばかりいられないのが見にしみて分かった。
「アレット、体術は出来るのか?」
「出来ない事は無いけど、全然強くは無いわよ。だって私は運動は得意じゃないの」
「そうか……でも、恐らくこれから先のカシュラーゼ側の敵はこいつみたいに理性を失くしたまま襲い掛かって来るだろうな。その時に俺達が手助けしてやれるかは分からないから、このトンネルを抜けて時間が出来たら体術の特訓をしよう」
だが、このトンネルが何処まで続いているかも分からない状況。
しかもあの旧いウェイスの町からトンネルに入ってまだそんなに時間が経っていないのに、こんなに恐ろしい存在に出会うと言うのが既に二回目である。
だが、そんな一日掛けてじっくりと進む様なトンネルでは無いかも知れないとレウスは考えていた。
「ウェイスの町でコソコソと何かをしていた傭兵集団は、確かにこっちから来たって話をしていたんだな?」
「ええ。ギルベルト団長が聞き出したわ」
「だったら間違いないだろうな。このトンネルは恐らく、そこまで長いトンネルでは無いだろう。そんな連中が定期的にここまでやって来られるって事は、カシュラーゼからの移動距離をなるべく短くしないと騎士団員達に不満も疲労も溜まるだろう。それに何より、俺達がここに来るのを把握していてこんな奴等をここに配置するだけの時間も余り無いだろうからな」
何せ、自分達がこの穴の下に落っこちてからまだ二日三日しか経過していないこの状況。
それにこのトンネルを通ってカシュラーゼに向かう事を知っている上で、こうした異質な存在を配備するだけの時間を考えると、抜けるのに一日掛かる様なトンネルでは無いだろうと考える。
カシュラーゼの何処に通じているか分からないこのトンネルだが、もしかしたら出入り口はさっきの一箇所だけで、この先に転送装置か何かがあるのだろうと推測するまでは出来た。
しかし、これだってまだ推測の域にしか過ぎないので気を引き締めて進む事は止められない。
レウスがそう推測を立てた時、それは不意に現われた。
「ん……強い魔力をこの先から感じられるぞ」
「えっ、また敵!?」
「いや、これは違う。これは魔術防壁の展開の仕方だな」
敵意を持っている生物の魔力では無く、一定の位置からずーっと一定間隔で感じる事が出来るその魔力の種類で、レウスはその魔力の正体をすぐに察した。
「恐らくこの先に……ああ、あれだな」
そのまま少し進んでみると、予想通りに「それ」が姿を見せる。
岩壁に沿う様にして立っている、金属製の長くて大きな直方体の設備から黄色い幕がツーッと反対側の壁に向かって伸びている上で
それは紛れも無く魔術防壁の一種だった。
これが恐らく、シャロットから報告のあった例の奇妙な設備なのだろうと一同は察する事が出来たが、この魔術防壁を取り除かなければ先には進めない。
「何か、この四角いのを弄りゃー良いんじゃねえのか?」
「ちょ、ちょっと待った待った!!」
サィードがその妙な設備をバンバンと叩いたり蹴ったりしているのを見て、慌ててアレットが止めに入った。
「何だよ?」
「変に叩いたりしたら壊れちゃうかも知れないわよ!」
「そうかあ?」
ぶっ叩いてみればこの魔術防壁を消せるかも知れないと踏んだサィードと、こう言うのは慎重に取り扱うべきだとするスタンスのアレット。
それを見たソランジュとサイカとエルザが、それぞれを止めに入った。
「まあまあ、お主達はちょっと落ち着け」
「そうよ。今回はアレットの方が正しいと思うわ」
「そうだな。ここは落ち着いてこの妙な物体を調べてみるべきだろう」
三人によって遠ざけられたアレットとサィードの二人に代わって、レウスがその設備の前に歩み出てどんなものなのかをチェックし始めた。
これもカシュラーゼの生み出した最新技術の結晶に違いないので、もしかしたら先に進む為のヒントが得られる筈だと信じて。