217.異質な存在
「キヒヒヒヒッ!!」
「なっ!?」
突然何の前触れも無く、トンネルの中の物陰から一人の人間が狂った様な声を上げながら、手に持った棍棒らしき鈍器を振りかざして一行に襲い掛かって来た。
こいつはまともじゃないと一瞬で判断したレウスは即座に槍で応戦し、その人間の心臓を貫いて事無きを得る。
だが、この人間に対して驚いているのはいきなり襲い掛かって来た事では無かった。
「こいつ……俺の探査魔術に反応しなかったぞ!?」
「えっ?」
「おいちょっと待て、この男……貴様の魔術で探査し切れなかったと言うのか?」
「ああ、そうなんだ」
こんな事、今まで無かった。
普通だったら今の様に生物が近くに居れば身体がビリビリと痺れる様な感覚を覚えるのに、明らかに異質な人間が飛び出して来たその時までその存在すら認識出来ていなかった。
まさか魔術が上手く機能していなかったのか? いや、そんな筈は無い。
現に探査魔術を展開していた自分の後ろ側からは、自分の後に続いて歩いていたメンバー五人の魔力を感じ取ってビリビリとした感触を覚えていたのだから。
なら、一体どうしてこの人間の男には反応しなかったのだろうかとレウスは首を傾げて、死体となったその男の身体をジックリと観察してみる。
そこでレウスだけではなく、アレットもエルザもソランジュもサイカも、そしてサィードも一様にある事に気が付いた。
「……!」
「ね、ねえこの人ってもしかして……」
「ああ、これは既に死んでいる人間だったらしいな」
「お主の言っている事に間違い無いだろうな。この人体の腐り具合や何かの番号が書かれているのを見ると、これは恐らく……」
「人体実験に使われていた人間……って事かしら?」
「そうだろうな。魔力を感じられないのは多分、こいつがもう死んでいて侵入者を襲う様に何かされていたとかじゃねえのか?」
あくまで、これは全員の仮定にしか過ぎない。
しかしこの男の様子を見る限り、その仮定が合っている可能性も高い。
それに今までのカシュラーゼ云々の話に出て来た人体実験やら、魔術に関しての話を総合してみるとまるであり得ない話では無いのだ。
更に、そう考え始めるとカシュラーゼの連中は色々と既に策を練っているらしいのが見て取れる。
それを最初に口に出したのはレウスだ。
「……となると、カシュラーゼの連中は俺達がこのトンネルを通ってやって来るって事に気がついているってのか?」
「うん、そうなるでしょうね。向こうにもかなり頭の切れる人員が居るって事よ」
レウスの呟きにサイカがそう答えるが、だからと言ってこのままここで引き返す訳には行かない。
向こうに情報が流れているとなると、問題はそれを誰がカシュラーゼ側に流したかと言う話になる。
とは言っても、レウスはこの五人のメンバーの内の誰かでは無いと確信していた。
何故なら作戦を立ててから今までずっとここまで一緒に来たので、カシュラーゼ側に連絡を入れようにも入れるタイミングが無いのである。
「頭の切れる人員が居るって言うよりも、誰かが俺達の行動を把握して先に手を打ったって見る方が正しいかも知れねえな」
「ほう、お主はそう思うのかサィード? だったらその把握したのは誰だと見ている?」
「さぁねえ、俺の貧相な頭じゃせいぜいお前達と因縁があるっつー炎血の閃光ってあだ名の傭兵とか、それから俺達を相手にして実技テストをやったあのコラードとか、はたまたそこのレウスの親を送って行ったあのトラ頭の騎士団長様とかしか思いつかねえなあ」
「ちょ、ちょっと待て! ギルベルト団長を疑っているのか?」
自分が在学している騎士学院のトップとして、自国の騎士団長を疑う様なサィードの発言には黙っていられないエルザ。
しかし、何時ものちゃらんぽらんな一面とはまるで違いサィードは冷静にその理由を述べる。
「そりゃまー、おめー等が信頼している騎士団長様だってなあ分かるぜ? そもそも俺だってマウデル騎士学院の卒業生なんだからな。もっと言やあ俺の上司だった獣人のおっさんだ。……けどよ、その信頼を逆手に取って自分に疑いの目を向けさせねえ様にする事だって、あのおっさんには出来ねえ訳がねえ。それにまだこれはあくまで可能性の一つなんだから、そうカッカすんなよな」
「……それじゃあ、貴様は今の所この状況を引き起こした人物に心当たりがある者の内、誰が一番怪しいって思っているんだ?」
「ん? そりゃあコラードだよ」
あっさりとそう答えるサィードに対して、エルザを始めとする一行の表情が少し和らぐ。
「何故そう思う?」
「何故って……いや、聞かねえでも分かんだろ。あいつは北の町に俺達が向かうって事も、実技試験を受ける為にシャロット陛下に頼み込む過程で事前に聞き出せていただろうし、何よりあの二枚舌野郎は何を考えてっか分かんねー奴だからな。あいつがどうにかしてカシュラーゼ側に入り込んで、それで寝返ったって可能性だって十分にありえるだろ。だから俺はあの二枚舌野郎が怪しいって思ってる。これで良いか?」
「……ああ、十分だ」
予想以上にしっかりとした考えをサィードに述べられ、エルザはそれ以上何も言えずに口を閉ざした。