209.動き出すファラリア
「ギルベルト騎士団長、あのコラードと言う男は少しずつですが確実にこちらに向かって進んで来ています」
コラードが活躍しているのを、同じく協力してくれているイーディクト帝国の騎士団員達から聞いたゴーシュ。
彼はギルベルトの部下役であり、上司であるギルベルトが待つ部屋に入って明朗な声で報告をする。
そのゴーシュの報告に、ボスとして配役されたギルベルトは顔を上げる。
「へぇーっ、あいつは俺達にどうしても実技を見て欲しいって言っていただけあって、それなりにやる様だな。だが俺は御前達を信頼しているから、あの男をしっかりと食い止めてくれよな」
「はっ!」
ギルベルトの部下役ではあるものの、実際には部下でも何でも無いゴーシュはハキハキとした返事をしてギルベルトの部屋を出て行く。
その右手に、あのホルガー達のアジトからイーディクト帝国騎士団に取り返して貰った槍を携えている彼を見送り、自分の座っているデスクの近くで相変わらず縛られたままの状態で居るファラリアに目をやるギルベルト。
ギルベルトは今のゴーシュの動きや返事が気になったらしい。
「ゴーシュって結構ノリが良いのか?」
「んー、基本的には可も無く不可も無くって感じですけど、決してノリが悪い訳じゃないですよ」
「そうか。まあ、あの男は商人として色々騎士団関係の備品とか制服とかを納入しているから、そう言う関係で騎士団に関わっている影響かも知れないな」
「あー……それとほら、マウデル騎士学院の学院長があの人の元相棒だったって言うのもあるんじゃないですか? 若い時はこうやって激しくバタバタと世界中を駆け巡っていたって聞いた事もありますし」
ガタガタと身体を揺すって、椅子に縛られたままの状態で精一杯の表現をするファラリア。
しかし、単純に感情表現の為だけにこんなセリフを言ったり身体を揺らす動きをしている訳では無く、あくまで自然な流れを装った上での脱出作戦を実行し始めている。
(相手は騎士団長だから、何処まで私の演技で騙せるか分からないけど……やってみなきゃ分からないわね!)
ゴーシュと共に夫婦揃ってあのホルガー達に囚われてしまった時も、今と同じ様に両手首を後ろ手に縛られていた。
だが、その時は運良くロープを解く事が出来たのも記憶に新しい。
だが、騎士団長として活動するギルベルトにはちょっとでも怪しい動きをすればすぐにバレてしまうので、あくまで自然な形を装ってロープを解きに掛かるファラリア。
しかし、身体全体をガタガタと激しく動かしているとすぐにバレてしまう。
なのでまずは、椅子の後ろで縛られている手首の部分だけでも何とかロープを解こうと、先程からファラリアはその両手首を気付かれない様に動かしまくっているのだ。
そして気が付いたのは、ロープと言うものは余り強度のある物では無いと言う事だった。
(ロープって意外ともろいのね……!!)
椅子の背もたれの後ろが壁になっているのが幸いし、怪しまれる事無くファラリアは少しずつロープが緩んで来ているのをその手首の感触で感じ取っていた。
だがここでうっかり口元を緩ませようものなら、それだけでギルベルトが怪しんでファラリアの様子を確認しに来るだろう。
女の演技力は高いのだと、ゴーシュと出会う前には町中で知り合い達から聞いた覚えがあった。
(体力や筋力ではどうしても女の私は男には敵わないわ。根本的な身体の構造が違うんだからね。だけど男よりも女が優れているのは他人の心や言動を的確に見る事が出来るその洞察力、それからその洞察力で見抜いた相手に対して、しっかりとそれに見合った言動で対応する事が出来る演技力だって言われているんだからね!!)
それなりに歳を食っているファラリアだって、そう言う演技力で色々と得をした事があったし損をした事もある。
ぶりっ子な女になった事もある。明るい女になった事もある。暗い女にも、知的な女にだってなろうと思えばその場限りでなれたりする。
ただしあくまでも「その場限り」。長くその状況を保とうとすればきっと何時かボロが出て来てしまう。
それに女は確かに演技力が高いものの、例えば「一度思い込んだら止まらない思い込みの激しさを持つ」や「客観的に物事が見られず、自分の感情を優先する」と言われる事もある。
勿論全ての女がそうとは限らないし、男にだってそう言うタイプは五万と居る。
その女の演技力の高さから来るメリットもデメリットも頭の中に入っているファラリアは、椅子の後ろで段々緩んで来たロープをごくごく自然に外す為にそのロープと戦いつつも、この自然な演技を何処まで続ける事が出来るのかと言う自分の精神状態とも同時に戦う。
(問題はこの後、手首を解いてからの腰や足のロープよね……)
ロープと精神状態と静かな戦いを繰り広げながら、この場所から逃げ出すシミュレーションを頭の中で思い浮かべるファラリア。
あからさまに解こうとすればバレてしまうので、まずはとにかく手首のロープを外し切るべくファラリアは手を動かし続けていた。