183.トンネル
「じゃ、じゃあ埋め立てたって見せ掛けてここで研究を続けていたって事になると、それってこのイーディクト帝国の危機って話にもなるんじゃないんですか?」
「そうなっちまうな。カシュラーゼの奴等はこうやって、地面の下でジワジワとこの国を蝕み始めていたって事になるよな」
ドラゴン復活の為の研究が進められているとなれば、五百年前の災厄がまた起きてしまう。
そうなるとカシュラーゼも危ない筈なのに、一体何を考えてこうやってコソコソ研究を続けているのだろうか。
その答えを知る為には、どうやらカシュラーゼの王様とやらに直接聞くのが一番手っ取り早そうである。
◇
そんなゾッとする事情を知る事になったやり取りが北の貴族街で繰り広げられている頃、南の方にあるスラム街においてはエルザが所属している土属性のメンバー達が、気になる大きな穴を見つけていた。
「なあ、このトンネルって明らかに人工的に造られたものだよな……」
エルザの呟きに、彼女と一緒に行動している騎士団員達と魔術師達も頷いた。
スラムを進んでいたこのチームは、朽ち果てている建物や人間や獣人の白骨化した死体を発見して、色々と埋められる前の生活をイメージしていた。
だがそんなエルザ達の足元にふと、まだまだ新しい足跡が見つかったのだ。
ブーツでつけられているその足跡は、つい最近誰かがこの場所に立ち入った事を意味しているのに他ならない。
……のだが、ここは埋められて放置された町の筈だと回想するエルザ。
(何故こんなに新しい足跡が残っているんだ? そう言えばレウスの奴が、このウェイスの町の中に人間や獣人の気配がするって言っていたな……)
もしかしてそれと関係があるのだろうか?
いや、きっとそうに違いない。探査魔術で感じたその気配の主は、きっとこの足跡を辿って行けば出会える筈だ。
この地底都市で何が起こっているのかを確かめつつ、地上への脱出ルートを探さなければならないと考えたエルザは、一緒について来たチームメンバーと共に足跡を追い掛け始める。
と言っても自分達が追い掛け始めたその足跡は、自分達に向かう形でついている。
つまり足跡をつけた人が向かった方向とは逆に向かっている訳だが、こうやって痕跡を追って行く事によって誰が何処から来たのかが分かるかも知れないからだ。
(うーん、随分と長く歩いているんだな。色々な所を通っているみたいだが、その立ち寄った場所を調べるのは後回しだ)
今はとにかく、この足跡の主が何処から来たのかを突き止めるのが最優先である。
そして、その足跡の主が自分達と敵対する人間や獣人であるかも知れないので、何時でも戦闘がスタートしても良い様にバトルアックスを構える事は忘れない。
こんな地下の都市に生物が居る事自体、まずおかしいのだから。
「どうやらここで終わりらしいな……」
最終的に足跡が途切れた所にあったのが、明らかに人工物と言える大きな穴だった。
木の枠でしっかりと岩壁が崩れて来ない様に補強されているその穴は、ほら穴と言うよりもトンネルと呼んだ方がしっくり来る。
どうやら、足跡の主達はこのトンネルを通って町に出入りしている様だ。
追っている足跡の数がトンネルに近づくに連れて増えて行き、トンネルから出て来る足跡もトンネルに入る足跡も混じっている事から、かなり頻繁に人の出入りがある様だ。
ここまで来てしまったからには、このトンネルの先に何かがあるのは間違い無いと踏んで進むしか無いだろう。
しかし、自分達だけでこのトンネルの先に進んで何かがあっても嫌なので、ここは一度自分達が落ちて来たあの中央広場へと向かって、他のチームと合流してからの方が良いだろうと考えるエルザ。
「良し、トンネルの存在があるのは分かったからここは一旦引き上げよう。これから先は、今まで見つけた足跡が立ち寄った場所を手分けして調べてみよう」
トンネルを発見しただけでも大きな収穫だが、自分達が追って来た足跡はスラム街の色々な建物に立ち寄った形跡があった。
その建物を調べて行けば何か新しい発見がまたあるかも知れない。
エルザ達はその為に手分けして捜索を開始したのだが、エルザが調べに入った宿屋では、長年放置されていたにしてはかなり奇妙な光景が広がっていた。
(人が寝泊まりした形跡がある……)
それが埋められた当時の形跡だったら何も疑問に思わないのだが、足跡と同じく明らかに新しい形跡なのだ。
呑み終わってそんなに時間が経っていないワインのボトルが転がっていたり、誰かの汗臭いシャツが汚いベッドの上に放り投げられていたり、挙げ句の果てには誰かが吐いてそのままにした形跡があったりと別の意味で驚きの連続である。
(ここ……遠い昔に埋められた筈の町だったよな……?)
自分のチームとは正反対の貴族街に向かったサイカとギルベルトと、全く同じ疑問を心の中で呟くエルザ。
絶対このウェイスの町中には、まだ生きている人間なり獣人なりが生活しているのでは無いだろうか。
いいや、きっとそうに違いない。そうで無かったら、こんなに生活臭が漂っている古代都市なんてあり得ないからである。