169.真夜中の遭遇
(……ん?)
それを見たのは偶然だった。
食堂での話も長引いた事で……とそろそろ自分達も宿に戻って休もうと考えながらレウスはギルベルトと別れて宿に向かう。
ギルベルトはこのウェイスの町の騎士団のトップと色々話し合いがあるらしく、それが終わったら自分も別に用意された宿に向かって寝るらしい。
騎士団長ってのも楽な仕事じゃないよな……とレウスは同情しながら、既に真夜中で人気が微塵も無くなってしまったウェイスの町中を歩きながら宿へと向かって歩いていたのだが、その途中でレウスが見たものは明らかに周囲の様子を警戒しながら、なるべく足音を立てない様に歩いている見知った人物の後ろ姿だった。
(え、あれってもしかして……)
この町に入る前に話題になったピンク色の髪の毛、自分よりも少し高めの身長に黄土色の肩当てと胸当てを着用している男が、スッとこちらを振り向いた。
間一髪でレウスは物陰に隠れてやり過ごしたが、一瞬だけ見えた顔は間違い無く……。
(セバクター……だよなぁ?)
今まで目撃情報があったり無かったりしていた、行動がまるで読めないあの男とまさかこの町で、そしてこんな形で再会するなんて思ってもみなかった。
自分がここに居る事はバレていない様だが、このまま黙って見過ごすのは絶対に出来ないだろう。
わざわざ彼がこの北の町へと来て、そして何をしようとしているのかを突き止める必要があるからだ。
(何故、あいつはわざわざここまで来たんだ? あの赤毛の二人組と行動しているんだったらそれこそカシュラーゼに行っていないとおかしいのに)
やっぱりあいつは気になる……と自分の勘を信じて、セバクターに気づかれない様にレウスは尾行を開始。
夜はただでさえ音が響き易いので、セバクターと同じく自分も足音には気をつけたい。
ただでさえ自分のこのツンツン頭の金髪は目立つが、そこはこの制服の黒いコートを着込む事で闇に紛れて存在感が少しは消えてくれるかな? とその着込んだコートの襟を正した。
こんな夜中にセバクターは何をするつもりなのだろうか?
(まさか金に困って、一旦あの赤毛の二人と別れて金を稼ぐ為に魔物討伐の依頼を引き受けたとか? いや……でもそれだったらあの二人と一緒に大きな依頼を引き受けた方が効率は良いだろうし、わざわざこうして別行動を取る理由が分からないな)
ヒタヒタと足音を立てない様にして、セバクターを見失わない距離で付かず離れずの距離を保つ。
するとセバクターの足の動きが、住宅街のある一角でピタリと止まった。
レウスは素早く近くの民家の壁の角に張り付いて、曲がり角になっているそこからセバクターの動きを観察。
(警戒している……)
キョロキョロと辺りを見渡すセバクターの動きに、もしや気配や足音が出てしまっていたのだろうか? とレウスは自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じ取る。
だが、それは杞憂に終わった様であった。
そのままセバクターは再び足を進ませ始めたので、レウスも尾行を再開。
(随分警戒心が強いな)
かなり慎重な性格なのか、もしくは人に言えない何かをしようとしているのだろうか?
恐らくは後者だろうと推測しながら、とにかく見失わない様に最大の注意を払ってセバクターを追い回す。
そうしてもう一度足を止めたセバクターを、今度はそばに置いてある大きな備え付けのゴミ箱の影から悪臭に耐えつつ先程と同じ様に見つめるレウス。
そのレウスの視線の先で、スッと方向転換したセバクターは路地裏へと入って行った。
(やはり……怪しいな)
路地裏に入ると言う事は何か意図がある筈だ。
セバクターが気に入っている秘密の店か何かがあるのか、それともまた別の目的があるのか。
ここまで来たら絶対に、何をしようとしているのかと言う事だけは突き止めておきたい。
その思いでレウスも路地裏に入る為に身体を浮かせた次の瞬間、後ろから何者かの気配が現れる。
「……!?」
バッと上半身ごと後ろに振り返ってみれば、そこには騎士団長のギルベルトが警戒心を最大限まで高めながら立っていた。
「ぎ、ギルベルト……むぐ!?」
「騒ぐなよ。それにしてもあの野郎……何でここに居るんだ?」
「いやちょっと待て、何であんたがここに居る? 騎士団との話し合いは?」
イーディクトの騎士団と話し合いをする為に別れた筈なのに、随分終わるのが早くないか? と疑問が尽きないレウスに、ギルベルトは尾行を一緒に続けながら説明する。
「それならもう終わったよ。今後の魔物対策について話し合いをする予定だったんだが、向こうの計画が良く出来ていたんで俺はこれまでの報告を済ませてすぐに終わったんだよ。で、宿に戻ろうとしたらお前を見かけたんで声を掛けようと思ったんだが、まさかあのセバクターの野郎がこの町に居たなんてな」
だからレウスには悪いと思っていても、ギルベルトはセバクターを尾行しているレウスを尾行してここまでやって来たのだと話した。
それはそれで構わないのだが、問題はここから先の展開である。
もしかしたらセバクターが何か良からぬ事を企んでいるかも知れない、と考えるのは当然の二人が路地裏に入ったのだが、そこで二人は思わぬ光景に直面した。