14.闇夜の影
「レウス・アーヴィン。お前は晴れて学院への入学決定だ」
「……へ?」
ちょっと待ってくれ。そんな入学するなんて俺は一言も言ってないぞ。
それが真っ先に口をついて出たレウスのセリフだったが、目の前で着々と書類を準備するエドガーは聞く耳を持ってくれそうに無い。
一体何がどうしたのかと言うと、話はアーヴィン親子が学院に泊まった日の真夜中に始まった。
◇
(あー、何か色々しんどかったな……)
ゴーシュと一緒に与えられた部屋で、疲れている筈なのに眠れないレウスは一人ベッドの中でなかなか寝付けずに居た。
何時もの様に素材採集に行き、そこでアレット達に出会って魔物の群れを倒したと思ったら、今度はエルザに因縁をつけられて手合わせ。
それが終わったら、今度は暴走していたギローヴァスを必殺技の一つで討伐し、その活躍を知ったアレット達にエドガーに会って欲しいと言われたので、母のファラリアに報告してからこの学院まで半日掛けてやって来た。
そこで自分の父であるゴーシュに再会し、風呂に入ってゆっくりしようかと思った矢先に覗き魔の容疑者にされ、エドガーの提案で石鹸を借りようとしていた自分を浴場で発見したセバクターと手合わせをした。
(そしてセバクターってのを何とか倒して、やっとゆっくり出来そうなのに何でこんなに眠れないんだ……)
今こそゆっくり眠りたいのに、と思いつつ何度目になるか分からない寝返りをうったレウスの耳に、ふと気になる音が聞こえて来たのはその時だった。
(……何だ、この音?)
カシャン、と金属か何かがぶつかる様な音に続いてシュッシュッと風を切る様な音。
隣のベッドでイビキをかいてすっかり寝入っているゴーシュはまるで気づいていないので、レウスは体内の魔力を聴力に注ぎ込んでもう少し音が大きく聞こえないかどうか確かめる。
前世では敵の拠点に潜入する時を始めとして、辺りの気配を窺う探査魔術の一つとして良く使っていたものだ。
すると、今度は気になる音と同時に若い女の様な声も聞こえて来た。
「師匠、そっちじゃないですよ。こっちこっち!」
「あ、すまん」
(師匠と弟子みたいなのが居るのか?)
盗み聞きは余り良くない事だと分かっていても、何だか気になってしまう変な音やその会話の正体を探るべく、レウスはそろりとベッドから起き上がって声の聞こえる方にある窓から見える景色を確認する。
だが、そこでレウスが見たものは月明かりに照らされた赤毛の男女。
それも、先端に黒光りする金属のフックがついたロープを使って、学院の壁を伝って侵入しようとしている最中なのが一発で分かる体勢だった。
そして、レウスとその男の目が合う。
「…………」
「…………」
「師匠、どうしたんですか?」
「見つかった……作戦中止だ、さっさと逃げるぞ!!」
「え……は、はい!!」
「ちょ、おい待て!」
普段のやる気の無いレウスだったら、そのまま二人が逃げて行くのをそのまま見逃していただろう。
しかし、疲れで逆に眠れなくなってしまっているのに加えて、この学院に忍び込んで一体何をしようとしていたのかが非常に気になるので、窓を一気に開け放って二階から一階へ飛び降りる。
防壁魔術を自分の身体に纏わせて飛び降りた為、ダメージ皆無のレウスはそのまま逃げて行く二人組を追い掛ける。
「侵入者だああああっ、侵入者が出たぞおおおおおっ!!」
更に大声で叫びながら、ズボンのポケットから細長い筒状の笛を取り出して思いっ切り吹き鳴らす。
普段、飲食店の店員として働いている彼が食材になる魔物をおびき寄せる為に独自に作った笛なのだが、まさかこんな形で役立つとは思わなかった。
その警笛によってピーッと甲高い音が空気を震わせ、闇夜をつんざいて学院中に異変を知らせる。
「何だ、どうした!?」
「侵入者ですって!?」
「おーい、門を閉めろぉ!!」
夜勤で警備をしている学院の職員や、夜中まで仲間同士でバカ騒ぎをしていた学生等が、レウスの大声と笛の音によって次々に学院中の至る所からやって来た。
暗い中で視界は悪いものの、それでも逃げて行く男女の侵入者に懸命に追いすがるレウスは、そのまま両手に魔力を溜め込んで大きく振り被った。
「待てって言ってるんだよ、このぉ!!」
叫びながら右手で投げつけられた魔力のエネルギー弾は、逃げて行く二人の間を上手く掠めて行った。
その掠ったエネルギー弾によって驚いた女の方が、バランスを崩してよろよろとつまずいてしまう。
そこに今度は左手で投げつけられた、水属性のエネルギー弾が女に命中した。
「きゃあっ!」
「そこまでだ!!」
土の地面に倒れた女はすぐに立ち上がってまた逃げようにも、水の影響でぬかるんだ土に足を取られて滑ってしまう。
そこに槍を振りかぶったレウスがようやく追いついた……と思った矢先、男の侵入者の方がレウスの槍をロングソードでガキン、と受け止める。
「俺の弟子にそんな真似をされては困る」
「だったら大人しく捕まるんだな」
「それも困るからお断りだ」
「だったら力づくでも捕まえさせて貰うぞ!!」