164.懐かしいあの男
「はぁ、はぁ、はっ……何とかここまで……来れば、もう大丈夫かしらね……」
「そ、そう……だな……」
「いやー、それにしても……おかげで走った走った……」
「本当ね……こんなに、はぁ……走ったのってかなり久し振りよ……」
四人の女達だけでは無く、魔術師部隊や騎士団員達も疲労困憊状態に陥っている。
何とか麓まで一気に下りて来られて、魔物達も振り切って安堵の息を漏らす一同。
だが、この場に居ない一人の男の安否が未だに分からないのだ。
「……なぁ、そう言えばお主達はレウスを見なかったか?」
「ううん……逃げている途中もここに来てからもずっと見てないわよ」
「となるとやっぱり、魔物達の集団に囲まれているんじゃないのか?」
「残念だけど、エルザの言う通りかも知れないわね。私もアレットと同じで逃げている時もここに来てからも見ていないわよ」
やはり、レウスは完全に逃げ遅れてしまったらしい。
もう一度山の中に入って捜しに行くとしても、自分達が引き起こしてしまったあの崖崩れによって道は塞がれているし、魔物だってまだまだ沢山居る筈なので迂闊に山の中に入る事は出来ない。
とにかく今は待機を続け、落ち着いたらレウスを捜しに行くべきだと考える一行。
だが、そんな一同の目の前に思わぬ人物が現れた。
「……おい、何でお前達がここに居るんだ?」
「え、ええっ!?」
「あれっ……ギルベルト騎士団長!?」
のっしのっしのっしと黒いブーツで地面を踏みしめながら、呆気に取られた表情で山の麓に現れた人物。
それは何と、現在リーフォセリア王国で騎士団を取り纏めている立場の筈のトラ獣人、ギルベルト・キュヒラーだったのだ!
完全に予想外の人物の登場に、疲れでへたり込んでいた女四人の内アレットとエルザの騎士見習いコンビはすぐに立ち上がり、敬礼をする。
それに対して反射的に返礼をしたギルベルトは、何故このイーディクト帝国の北側にアレットとエルザが居るのか状況が飲み込めていない。
だが、その疑問はアレットとエルザも同じである。
「ちょ、ちょっと色々ありまして……団長こそ何故ここに?」
「俺はあれだよ。学院に現われたってーのと同じドラゴンの生物兵器がこっちで目撃されているってドゥドゥカス陛下を通じて聞いたからよぉ、陛下のご命令で騎士団長として現場の確認にやって来たんだよ。ちょっと特殊な場所に転送陣を用意して貰って、この近くの村まで転送して貰ったのさ。んで、お前等はどうしてこんな所に居るんだ?」
それも全身が薄汚れている上に、かなり疲れているみたいだけど……と付け加えられ、アレットとエルザは今までの事をなるべく簡潔に説明する。
ソランジュとサイカにもギルベルトを紹介し、お互いが納得した上で話が進んで行く。
「なーる程なぁ、って事はここの国王様から頼まれてこっちまで来たってーこった」
「そうなんです。でもレウスが未だにあの山の中に居るかも知れないんです」
そう言いつつ山の方を指差すアレットに、ギルベルトはうーんと考え込む素振りを見せる。
「そうだよなあ。でもアークトゥルスの奴だったらそこまで魔物に遅れを取るとはあんまり思えねーんだけど」
「どうしてです?」
「だってあいつが五百年前の勇者だったとしたら、この山を一つ消し去る事なんて造作も無いだろう。あいつはあいつで魔術は余り使えないって言ってたけどさあ、その「余り」の基準が俺達とあいつとの間でかなり違う様な気がすんだよなぁ」
「まあ……言われてみればそれもそうですね」
かつて騎士学院の鍛錬場で目にした、恐ろしいレベルの魔術の数々をいとも簡単に発動するレウスの姿。
その光景を思い出して、エルザは思わず苦笑いを浮かべる。
「し、しかし……幾らアークトゥルスだとしてもあれだけの数の魔物に囲まれれば……」
「そこが俺にも予測不能なんだよ。だからこそ、落ち着いたらレウスを捜しに山の中に向かうんだよ」
ソランジュに対してそう答えたギルベルトの姿を見て、自分達四人だけで色々と考えていた事によるモヤモヤがスーッと晴れて行く気がする四人。
ガサツだしだらしないし、言動もおおよそ騎士団長らしく無いのにこうやって何処か安心させてくれるのは、やっぱり騎士団長ならではの経験や知識、そして実績があるからこその言葉の重みなのだろうかと思うエルザ。
一方で、ギルベルトもギルベルトで転送陣を使ってでの移動ではあるものの、ゴーシュとファラリアと同じく海を越えて遥々ここまでやって来るなんて大変だなぁ……と同情してしまうアレット。
そんな考えの二人の横から、スッとソランジュが歩み出てこんな質問を。
「そう言えばこの地方にはセバクターとやらも来ているとの情報があるんですが、ギルベルト団長はセバクターを見掛けていませんか?」
「いーや、俺は見てねえな。そういやさっきそんな事も言ってたっけ。あいつは学院爆破の重要参考人だから、こっちに居るんだったらさっさと見つけて引っ張って帰りてえんだけどよ。こっちで見かけたって話があるんだったら、この先にあるウェイスの町で会っているかも知れねえんだがなあ?」
こっちでセバクターを見かけたと言う話も、あくまで話だけなので実際に出会うまでは単なる噂にしか過ぎないか、誰か他の人間と見間違えたのかも知れない。
それでも目撃情報があるなら徹底的に捜すべきだと考えている四人に向かって、ギルベルトがかなり意外な話を始めた。