159.息子の大先輩
と言う訳で、騎士団を呼んで来て貰ったお礼も兼ねて半ば強引にサィードをメインストリートの酒場に誘った二人は、その店内で自分達の奢りで料理を食べて貰う代わりにさっきの続きで話を色々と聞かせて貰う事にした。
「そうだ、俺達の自己紹介がまだだったな。私達もリーフォセリアからやって来た夫婦で、私がアーヴィン商会という商家の当主のゴーシュ。こっちは妻のファラリアだ」
「よろしく、ファラリアです」
「どーもどーもよろしく。あ、骨付き肉とパスタの大盛り追加ね。それとビールを大ジョッキで頼むぜ」
奢りと言う事で早速店員に料理と酒を注文したサィードに対し、ゴーシュとファラリアからのインタビューが始まる。
「それでなんだが、確かマウデル騎士学院の卒業生だと言っていたな。俺もその騎士学院とはかなり長い付き合いがあるんだが、何年前に卒業したんだ?」
「俺はもう八年前になるね」
「へー、それじゃ二十台中盤って所か?」
「ああ、良い線行ってんね。俺は今年で二十六だけどさ、あんた達の息子は在学中ってんならまだ大体十代後半だろ?」
「そっちも良い線行っている。今年であいつは……ええと……」
まさかの息子の年齢をド忘れしてしまったゴーシュに、横からファラリアのフォローが入る。
「十七よ」
「そうそう、十七だ。って事はだいぶ君が先輩になるな。と言ってもすまん、俺も全ての生徒を把握している訳じゃないから覚えているかどうか分からないんだが、君のフルネームを良ければ教えてくれないか?」
「別に良いぜ。サィード・ランバルディってんだよ」
「ランバルディ……すまん、やっぱり分からんな。もしかしたら君が騎士学院の中で名が知れている男かと思ったんだが……」
「ちょっと貴方、それは失礼よ」
不適切な話し方をファラリアに咎められ、ゴーシュは謝罪の後にすぐに次の質問に移る。
「ああすまんすまん。……ところで、サィード君は騎士学院を卒業した後にすぐ傭兵になったのか?」
「いーや、卒業してからはリーフォセリア騎士団に入ったんだ。けど、俺にはどーも縦社会ってのが向いてないっぽかったんだよ。俺って結構ちゃらんぽらんだから、一人で自由気ままにやれる方が良いかなーって思って騎士団を二年で辞めて、それからはずっと傭兵稼業さ。でもまさか、まだ制服が変わっていないなんてちょっと驚いたぜ」
「そりゃ……俺の商会が制服を毎年納入しているからな。デザインも変えるのがめんどくさいってエドガーに言われて、結局ずっとそのままだから変わってないよ」
「エドガー? ああ、あの学院長か。懐かしいな。あんたとは商会と学院の関係なのか?」
「それもあるが、俺とあいつは昔コンビを組んで冒険者として一緒に活動していたんだよ」
「そうか、あんたもあの学院長も冒険者ねえ……」
少し間が空き、今度はアップルジュースを飲んでいたファラリアがふと疑問に思った事を聞いてみる。
「そう言えば、何だっけあの……貴方が捕まえていたハンマー使いの人の名前」
「ホルガーか?」
「そうそう。そのホルガーって人は私達の息子とトラブルを起こして捕まったんでしょ? 私達の息子がこの国に入ったって聞いたのはつい数日前で、それから私達がこうしてあのハンマー男と関わる間にそのトラブルで捕まって、それからすぐに釈放されたって事かしら?」
トラブルの詳しい事情は分からないのだが、捕まってからそんなに簡単に釈放されるものなのだろうか?
だが、サィードの答えはまたもやビックリするものだった。
「それなんだけど……どうやらあいつ、二日前に脱獄していたらしいんだよ」
「えっ、脱獄?」
「ああ。俺も今日の明け方に馬を飛ばして北からこっちに戻って来たばっかりだったんだけど、それ聞いてビックリよ。監視の目が緩い隙を狙って脱獄したんだって騎士団の連中が噂してたから、どんだけここの城のセキュリティは甘いんだって頭を抱えたね」
その話を聞き、ゴーシュとファラリアの頭の中でホルガーの言っていた事の意味がようやく繋がった。
「だからか……俺とファラリアに対してあのハンマー男が復讐だの何だのって言ってたのは、何処からか俺とファラリアがレウスの親だって情報を手に入れて、それで俺達を捕まえて何かをさせるつもりだったのかな」
「かも知れないな。そう言えば俺、あんた達の息子と北で会ったよ」
「え!?」
「あれ、北に向かったって聞いてないのか?」
「いや、それは知ってるけど……何処で会ったんだ?」
まさかレウスにもまた会っていたなんて、余程この男とアーヴィン一家は遭遇率が高いらしい……と思うゴーシュとファラリアに、サィードはあの砂漠の前で出会った事を伝えた。
「砂漠か。リーフォセリアとソルイールの国境の役目も果たしているバランカ砂漠が俺達にとっては身近な場所だが、このイーディクトの北の方にも砂漠があるんだな」
「冒険者やってたんだろ? だったらあんたもこっちには来た事あんじゃねえのか?」
「凄い昔にあるにはあるけど、そんなに北の方まで行った事は無いんだよ。しかも結婚してからこっちに来るのは初めてだからな」
「そっか。だったらあの調子で行けば今頃はその砂漠の先にある山に登ってんじゃねえのかなぁ。魔物にやられてなければの話だけどさ」
そう言って、サィードは大ジョッキのビールをグーッと一気に飲み干した。