157.思わぬ苦戦
閉じ込められていた倉庫の室内から出ておよそ五分。入り組んだ建物の中を抜け、ようやくエントランスに出る事が出来た。
エントランスから先に続くたった一つのドアが開かない様にする為、ドアのそばに置かれている重たい木箱をそのドアの前に置いてブロックしておく。
後はさっさとこの倉庫から逃げ出して助けを呼びに行くだけだが、タイミングの悪い事に出入り口のドアから出る前に、あの赤い上着を着ている黒髪の若い男がゆったりとした足取りでゴーシュとファラリアの前に現れた。
「何処へ行くんだぁ?」
「お前はさっきのリーダーと呼ばれていた男だな。何の目的があって俺達をここに閉じ込めたかは知らないが、俺達はここから逃げさせて貰うぞ!」
「ふーん、ああそう。出来るもんならならやってみれば?」
妙に余裕ぶった若い男の腰には、彼の武器だろうか……二本の赤いハンマーがぶら下がっている。
しかしこちらは丸腰なので油断は出来ないし、このまま普通にここから出してくれる筈が無いので、ゴーシュは拳を構えながらファラリアに言う。
「ファラリア、隙を見てさっさと逃げろ。ここは俺に任せろ」
「えっ、いや……貴方も一緒に逃げよう!?」
「二人で逃げて二人共捕まったら、またあの部屋に逆戻りだぞ。だったらバラバラに行動した方がまだ助かる可能性がある筈だ。逃げて帝国騎士団の団員を呼んで来てくれ」
「……分かったわ」
「どうやら話は終わったみたいだなぁ?」
余裕か、それとも律儀な性格なのか。
会話が終わるまで待っていてくれたらしいこのリーダーの若い男は、ハンマーを両手に一つずつ構えて襲い掛かって来た。
拳を構えたゴーシュはハンマーの振り下ろしを避け、若い男の膝の関節目掛けてローキック。
そのローキックでガクンと体勢が崩れた若い男だが、さほどダメージが無い様ですぐに体勢を立て直す。
一方で隙を見て出入り口のドアから外に走り出したファラリアだったが、運悪くそのドアの近くに居たあのライオン獣人に行く手を塞がれてしまう。
「行かせねぇよ?」
「嫌、嫌あっ! 離してよぉ!!」
ゴーシュから護身術を習っていたとは言え、手練れ相手には満足に戦う術を持っていないファラリアはゴーシュの様に戦う事が出来ず、呆気無く捕まってしまった。
それでも何とか振りほどこうとするものの、元々力の差が大きい人間と獣人では獣人が強い上に、屈強な体躯のこのライオン獣人に力で敵う筈が無い。
(くぅ……こうなったら!!)
一か八かで、ファラリアは自分の着ているシャツをグイッと捲し上げた。
その下からはそれなりにたわわな胸が露わになり、男の力が止まる。
その隙を突いて、ファラリアは男の顔面に全力でパンチ。
「ぐわあっ!」
当たり所が良かったのかファラリアから男が離れてくれたものの、男は再びファラリアに襲い掛かって来ようとする。
なので咄嗟に近くに落ちていた大き目の石を掴んで、男の側頭部を全力で殴りつける。
「がはっ!!」
打ち所が悪かったのか、男は頭から血を流して地面に倒れ込み動かなくなってしまった。
「……あ……ああ……」
仕方が無い事だとは言え、やってしまった。殺してしまった。
ファラリアは石を手から落としてしまい、その場所にへたり込む。
「くっ……う……ううあああっ!!」
自分自身を奮い立たせる為か、一度雄叫びを上げたファラリアは後悔の念を振り切って足に力を入れて立ち上がり、倉庫の建物からグラディシラの街中に続く道を走り始めた。
◇
「ふっ、りゃっ、はっ!!」
ゴーシュが相手にしている若い男は、その体型のせいか動きがかなりシャープなので攻撃がなかなか当てられない。
それでも隙を見ては攻撃を当て続けるものの、なかなか倒れてくれない。幾ら攻撃しても怯む様子が殆ど見られず、ゴーシュからしてみるとダメージが全然通っていない感触だ。
(くそ、攻撃を当てても当てても倒せない!!)
「そりゃああ!!」
「うわっ!」
一歩下がって距離を取った若い男は、ゴーシュに向かって右手のハンマーを投げつけて来た。
間一髪で地面を転がりハンマーを回避したゴーシュだったが、立ち上がった彼に対して若い男が全力疾走からのタックルをかまして来た。
「ぶほっ!?」
クリーンヒットのタックルで、今度は後転を繰り返すフォームでゴロゴロとエントランスの床を転がるゴーシュ。
このままでは確実にまずい。
追い込まれているのは自分の方だと思いつつ、それでもゴーシュは立ち上がる。
まずいと思うのは自分の攻撃に対する若い男の耐久力だけでは無く、まだ他にも一つあるのだ。
「はぁ、はぁ……はぁ……っ!!」
戦う時は守るよりも攻める方が体力を消耗する。
守りに入っているとひたすらブロックに徹するので精神力が削られるのだが、攻めるのは攻撃を繰り出すので守るよりも確実にスタミナが削られる。
防御の「ぼ」の字も見られない様な若い男に対してひたすら攻撃を当て続けていたツケが回って来たゴーシュは、明らかに最初よりも動きが鈍っている。
「どうしたぁ~、もう終わりかぁ?」
その顔にニタニタと嫌らしい笑みを浮かべ、ゴーシュを次第に追い詰めて行く若い男。
このままでは、先に逃げたファラリアにもう一度再会する前に殺されてしまう未来しか見えないのでそれは避けたいゴーシュだったが、その時思わぬ乱入者が現れた。