13.風呂場の親子の会話
まさかの結果に、エドガーやゴーシュを含めた全員がシーンと水を打ったかの様に静まり返っている、マウデル騎士学院の鍛錬場。
その中で、ハッと我に返った学院の生徒の一人が呟いた一言が切っ掛けで、徐々に生徒達の前でざわめきが広がり始める。
「そんな……セバクターさんが、負けた?」
「おいっ、あんた何かズルしただろう!?」
「そうよそうよ、そうじゃなかったらセバクターさんが負ける筈が無いんだから!!」
戸惑いを隠せない生徒、憧れのセバクターが負けたのを認めたく無い生徒、呆然としたままの生徒とレウスが対立しそうな横では、気絶したままのセバクターが生徒達の何人かに回復魔術をかけられて治療を始められている。
一方のレウスは正々堂々、しかも武器を失った状態でセバクターとの手合わせに勝利したのに、まさかこんなに罵声を浴びせられるとは久しぶりの経験だと感じていた。
(久し振りに嫌な事を思い出してしまった……前の人生でも俺が魔物を討伐したのに、依頼料を払うのを嫌がった町の連中が何故か口封じだか何だかで俺を殺そうとした事があったっけ……)
場所や時間は違えど、何だかその時の事に似ているなーとレウスは懐かしく思っていたのだが、その思考を中断させたのはエドガーの大声だった。
「騒ぐな!!」
「……っ!?」
空気が震えたのが分かる位の大声に、レウスに向かって声を上げていた学生は元より、セバクターを治療していた生徒達やレウス自身まで思わず動きが止まる。
その、再び水を打った様に静かになった鍛錬場にエドガーの声が響いた。
「テメェ等、今まで一体何を見ていたんだぁ!? どう見てもこのレウスと言う男はちゃんと戦っていたじゃねえか!! 確かにお前等の憧れの人間が負けて悔しい気持ちは分かるかも知れねえが、だからと言ってその相手を認める事も出来ねえ様な奴なんて、ぜってえ騎士にはなれねえよ!!」
そのエドガーのセリフに何も言い返せなくなった生徒達の横を、アーヴィン親子が無言で通り過ぎて行った。
◇
「お前って、あんなに強かったか……?」
「いや……まぐれだよまぐれ。あのセバクターって言う人はかなり強かった」
土と汗で汚れた自分の身体を清めるべく、レウスはゴーシュと一緒に再び風呂に入っていた。
アレットから石鹸も分けて貰ったので気兼ね無く湯船に浸かりつつ、ゴーシュからの質問になるべくボロが出ない様に答える。
「俺、体術はあんなに教えた覚えは無いって言うか……体術だったら俺よりも出来るんじゃないのか?」
「さぁ、どうかな。それよりも俺が気になっているのは、父さんが言っていたこの学院の周りをウロついているって噂の不審人物だよ」
これ以上根掘り葉掘り聞かれて変な事を口走ってもまずいので、なるべく自然な流れになる様にレウスは話題を変える。
すると、その瞬間ゴーシュの顔付きが一気に険しくなった。
そして周りをキョロキョロと見回して、この浴場には自分達二人しか居ない事を確認してからレウスの耳に口を近づけて、声がなるべく反響しない様に細心の注意を払いつつ話し始めた。
「実はそれなんだが、ここに荷物を納品しに来た時にそれらしい奴等を見たんだ」
「えっ、奴等……って事はその怪しい人影って一人じゃないの?」
「ああ。この学院はかなり広いんだが、生徒達が生活している寮の裏手からずっと奥に行った場所に余り使われていない備品庫があるんだ。今回、俺が持って来た荷物の量が多かったからそこに運ぶ様にってエドガーに言われて持って行ったんだが、そこで黒尽くめの格好をした数人の男女が、何やら備品庫の陰でコソコソやっていたんだ」
「黒尽くめ? え……それってこの学院の生徒じゃないのか? だって何回か来てるから分かるけど、ここの制服って今の肌寒い秋の季節だと黒いコートだろ?」
レウスの言う通り、学院の制服は赤いハイネックのセーターをインナーとして、茶色のズボンに黒いブーツ、オレンジ色の手袋、そして上着で学院章がついている黒のコートである。
そのレウスのセリフを認めてから、ゴーシュは話の続きをする。
「確かにお前の言う通り、俺も最初はここの学院の生徒達が何かしているだけなのかと思っていた。しかし、良く見るとコート姿じゃなかったんだ。それどころか明らかに武装している人間達だった。だから俺は気になって声を掛けたんだが、その瞬間その人間達はまるで蜘蛛の子を散らすかの様に逃げて行ったよ」
「んー……それは確かに気になるね。その事はエドガーさんには伝えたの?」
「勿論だ。見かけた時刻とおおよその人数、それから覚えている限りのそいつ等の格好を伝えたら、調査をしておくって言われた」
「そっか……でも、セキュリティが万全の筈なのにそんな見慣れない連中が居るなんて怖いな。俺達は巻き込まれない様にさっさと帰らないか?」
「ああ、それが良いな」
これ以上、変なトラブルに巻き込まれたり変な展開になる前にさっさとこの学院から離れた方が良さそうだ、と判断したアーヴィン親子は風呂から上がり、さっさと寝てしまう事に決めた。