156.脱出
「ぐおっ!!」
「きゃあっ!!」
「しばらくここで大人しくしてるんだな」
ゴーシュとファラリアの二人は、グラディシラのスラム街にある小さな倉庫の一角に連れて来られた。
袋から出されたのは良いのだが、後ろ手に縛られて動けない状態になっているので相変わらずピンチである。
「あの若い奴は復讐だの何だのって言ってたけど、この国だと俺達って明らかな部外者だよな?」
「そうね。私達が何かあの男から恨みを買う様な事をしたってのかしらねえ?」
それは分からないが、とにかく復讐の道具として使われるのだけは絶対に避けたいゴーシュとファラリアの二人は、まずこの縛られている状況をどうにかする事から始める。
「何か無いか、何か……」
グルリと見渡す倉庫の一角は埃っぽくて臭く、そしてこの倉庫自体も狭い。
ボロボロのテーブルに乗っかったままの空き瓶やら食べ物のカスやらが散乱し、割れた空き瓶もそのまま床に転がしている様な環境は、まるでだらしの無い一人暮らしの部屋みたいな環境だった。
この独房みたいな場所から逃げ出す為に、リーフォセリアからやって来た二人は頭をフル回転させる。
そしてファラリアが何とか立ち上がり、自分の手首を後ろ手に縛っているロープを、欠けているテーブルの角を使って感覚だけで解こうとする。
「ねえ貴方、ロープの様子見てくれる?」
「お、おう!」
自分から見えない状況ではロープも上手く解けないので、こう言うシチュエーションで二人一緒に居るのは幸いだった。
しかも狭い部屋故に見張りも外にしか居ないらしいので、その見張りが入って来ない限りは堂々と脱出に向けた動きが出来る。
「もう少し右、もうちょっと下……ああ行き過ぎだ! そうそう、そこで引っ掛けて……上にずらしてそこで捻って……」
ゴーシュの声に合わせて腕を動かし、手ごたえを感じたファラリアは素早くロープを解く事に成功した。
「やった、解けたわ!」
「おい、声がでかい!」
「あ……ごめん! それじゃ貴方のも……」
素早い手つきでゴーシュのロープも解いたファラリアだが、問題はここからだ。
「じゃあ次はここから脱出しなきゃね……」
「ああ。でも敵がどれだけ居るか分からないぞ」
ゴーシュが武器として携帯していた槍は奪われ、ファラリアの護身用のナイフも持ち物検査で取り上げられてしまっている以上、迂闊に外へと飛び出すのは危険だ。
なので、まずは部屋のドアに張り付いて外の様子を窺いながらゆっくりとドアを開けてみる。
「あれ、カギは掛かってない……あれ?」
「どうしたの?」
「ああそうか、元々これはカギが壊れているドアなのか。でも駄目だ、太い紐でドアと壁が繋がれてるみたいだ」
「ええー、そんな……」
カギが無いだけまだ良かったが、ドアを簡単に開けられない様にこうした即席のロックをしているのだろうと予想が出来る。
だがここで、このドアの様子を見たファラリアがまたもや一つのアイディアを思いついた。
「ちょっと待って。あれが使えるかも」
「え?」
ファラリアは部屋の奥に歩いてそこでしゃがみ込み、何かを手に持って戻って来た。
それは床に散乱したままだった割れたビンの破片。
「こう言う所の詰めが甘いんじゃないかしらね……」
こう言う場所に閉じ込めるんだったら掃除しておいた方が良いんじゃないかしら、と呟きながらファラリアは外に見張りが居ないかどうかに細心の注意を払いつつ、ナイフ代わりのビンの破片でギコギコと紐を切り始めた。
「切れそうか?」
「ん……意外と脆いみたい」
太いのは見掛け倒しだった様なので、呆気無い程にロープは簡単に切れてしまった。
そして扉の横に居る見張りがボーッとしていたので部屋の中に引きずり込み、二人掛かりで袋叩きにして今しがた切ったロープの欠片で縛り上げ、口に布を詰め込んで自分達の代わりに監禁しておく。
「これで大丈夫だ。それじゃあ……行くぞ」
「うん……」
声を潜めて決意表明をした二人は、細心の注意を払いながらドアを開けて倉庫の通路を進む。
あの部屋が狭かっただけでこの倉庫自体は広いものの、何か色々と作業をしているらしく、バタバタと人が走り回る音が色々な方向から聞こえて来る。
(結構居るみたいだな)
だったらあの男の手下達にバレる前に、さっさと逃げ出してしまわなければまずい。
通路を曲がり、時には物陰に隠れ、更には曲がり角で出会い頭に出会ってしまった敵の頭を鷲掴みにして、壁に何度も叩きつけて気絶させる。
この状況で生ぬるい事なんてやっていられないのだ。
元々エドガーとコンビを組んで冒険者をやっていた彼は、躊躇せずに相手を潰さなければいけない度胸も時には必要なのだと思い知らされる事が何回もあったからである。
そんな彼に長年付き添って来たファラリアも、ゴーシュから護身術として戦い方を学ぶ様になり、同じ事を教えられた。
躊躇は命の危機を呼び込む場合もあるのだと。
そしてレウスを産む前からこのゴーシュに付き添って来ている自分にとっては、今がその躊躇しない時だと確信していた。