148.魔物の凶暴化
何とか勝てた。
自分達は、目撃情報のあったリーダー格の魔物の内の一体であるトレントを倒す事が出来たのだ。
しかも死者ゼロ。負傷者は多数。それでも勝った。
その事実に安堵する魔物討伐隊の一同は、たった今倒したばかりのトレントの切り刻んだ身体を薪にして焚き火を続行し、大きなキャンプファイヤーの周りでそれぞれを労い合う。
だが、その話題は勝てた事への安堵ばかりではなく不安感から来ているものもあった。
それが、ソランジュが言い出したトレントのそもそもの性格についてである。
「おかしいな。考えれば考える程、やっぱりおかしい」
「何が?」
「考えてもみろサイカ……さっき私が、トレントってのは普段は大人しい生物だからこちらから刺激しなければ襲って来る事も無い無害の魔物だって言っただろう? なのに今回のトレントは向こうから襲い掛かって来た。それも明らかな敵意を持ってな」
「うん、確かに言ってたけど……それは自分が率いていた魔物達が次々に倒されたからその敵討ちとしてリーダーの自ら出るしか無い、って思ったからじゃないの?」
精霊が相手だから何を考えているのかは分からないが、多分そうなのかな……と思うサイカを横目にソランジュの不安の吐露は続く。
「かも知れないな。だが、トレントは凶暴化するとかしないとか以前の問題で、リーダーシップなんてそもそも無い筈なんだよ。木の精霊だから常にマイペースで、単独行動を好むからこんな徒党を組んで人間や獣人を襲撃する様な魔物じゃないって情報を冒険者として活動する中で聞いていたんだ。だから余計に不思議なんだ」
「それは確かに不思議ねえ。ねえちょっと、アレットとエルザはトレントについて騎士学院で習った事って無いの?」
サイカに急に話を振られたアレットとエルザは戸惑うが、それでも自分達の覚えている範囲で返答する。
「さっき戦っている内に思い出したんだけど、魔物の知識の授業で精霊の部分で習った事はある。とは言っても魔物は沢山居るからちょっとしか説明されてなかったし、遭遇率もかなり低いって言うから他の魔物達の知識に押されて流されちゃったわ」
「そうだな。こうして対峙してみてようやく思い出せるレベルだったよ」
「ふーむ、となるとレウスはどうだ? お主はアークトゥルス時代に遭遇した事は無いのか?」
ソランジュは「かなり厄介な奴だ」と評価したこの魔物を、アークトゥルス時代のレウスはどう思っていたのだろうかと聞いてみたが、その反応はいまいちだった。
「俺? あるよ。あるけどそこまで印象に残ってないんだ。でっかい木だったってのは昔も今も変わらないけど、その時はドラゴンの討伐パーティーメンバー全員で一気に倒してしまったから、強かったか弱かったかってのも覚えていない」
「そうか……だったらこんなに凶暴化したトレントが居るってのも今になって初めて知ったのか?」
「ああ、そうだな。俺が前に戦ったのは狭い道を塞いでいたトレントを避けようとしたらいきなり襲い掛かって来た時だったから、そもそもが大人しい性格の精霊だなんて分からなかったし。でも、ソランジュの話が本当だとしたら多分……その親玉らしいドラゴンの生物兵器の配下になっていたって事も考えられるな」
何にせよ今ここで考えても真相は闇の中だし、肝心のトレントは目の前で焚き火にされてしまっているので結局何も解明出来ないまま、その日の夜は更けて行った。
◇
その翌日。
キャンプを撤収して少し進んだ先の小さな農村で、トレントを討伐した事を感謝された一行。
あのトレント率いる魔物の集団が米や小麦を始めとする農作物を荒らし回っていたので、これでまた魔物が繁殖するまでの間はしばらく安泰だと言われた。
しかも感謝の気持ちは言葉だけではなく、少しばかりだけど……と村で収穫した農産物を持たされた。
騎士団員は勝手に色々と貰う訳にはいかないのだが、半ば強引に渡されてしまったので仕方無く「レウス達が感謝の気持ちとして受け取った」と言う事にしておいて欲しいと騎士団員達と魔術師達のそれぞれの小隊長から口止めされたのである。
しかし話はそれで終わらず、グラディシラに滞在していた頃にレウス達がチラッと聞いた噂の人物がこの村に立ち寄った事まで聞かされた。
「この村の宿に冒険者が来たらしいわよ。ピンク色の髪の毛に、ロングソードを腰に帯びた若い男の……」
「それって間違い無くあの男だろう」
「そうよねー。あの髪の毛の色は嫌でも目立つ部類の色だし、何より北に向かった冒険者って時点であの男の話を聞いていた私達が思い浮かぶのは彼しか居ないもん」
「しかもあだ名の……ええと、確か炎血の閃光だったか? それでこのイーディクトでもそれなりに知られているらしいから間違い無いだろうな」
アレット、エルザ、サイカ、ソランジュの四人の会話の内容から察するに、セバクターもどうやらこの農村に立ち寄ったらしいとレウスは考えていた。
だが、同時に彼の行動原理をレウスはやっぱり理解出来ないのだった。