141.皇帝になった冒険者
魔術師達や鍛治師達に話を聞いてみると、シャロットの意外な過去が判明した。
この国の皇帝は代々子供が受け継ぐらしいのだが、残念な事に前の皇帝は子供に恵まれなかったらしく、そこで次の皇帝として誰が相応しいかを、国中を巻き込んで考えたらしい。
元々争いを好まない国民性のイーディクトの民だが、魔物相手となれば話はまた変わって来る。
人員の少なさと、雪が多い事による討伐可能期間の短さ、そして魔物の繁殖率の高さが今でもまだネックとなっている事情から、その当時一番魔物を多く討伐していた者を人間、獣人問わずに次の皇帝として起用しようとの結論に達したのだ。
政治的な知識や外交のテクニック等は起用してから学ばせる事にして、今から四十年前に当時二十八歳であったシャロットにその役目が回って来たのだ。
まさか自分が一番魔物を討伐していたなんて思ってもいなかったシャロットは当然断ったのだが、既に国として決定してしまった話である事と、既に結婚して妻も四人の子供も居た事で、結局周囲に押し切られる形で現在の皇帝になったらしい。
元々冒険者だっただけあり他国の事情にもそれなりの知識があった事や、魔物討伐の知識が豊富だったのも彼が皇帝になった理由でもある。
それから四十年の時を経て、今ではすっかり一国一城の主となったシャロットだが、冒険者だった頃の活躍の名残で現在でも自分で魔物討伐に行きたがるのが臣下達にとっての悩みの種だと言う。
基本的に前線に出るのは帝国騎士団の人間だったり、雇われた傭兵だったりとシャロットの臣下として働いている人間や獣人なのだが、元々身体を動かす方が好きなシャロットは何時も何時もデスクワークばかりでは退屈らしい。
流石にこの帝国でトップの魔物討伐数を誇っていただけの実力は持っており、今でもその技術が鈍らない様に執務を終わらせてから鍛錬場で武器を振り回している。
四十年以上前からずっと使っており、既に自分の身体の一部と言っても差し支えない様なレベルにまで達している、彼愛用の武器はタルワールの二刀流である。
「儂は色々な武器を使って冒険者として活動していたんだが、魔物が大勢湧き出て来る所へ行って気が付いたんだ。バスタードソードやロングバトルアックス等の一撃で多くのダメージを与えられる武器だと、その分隙も大きくなって魔物の攻撃を受けやすくなるとな」
だから手数の多さで勝負出来て、自分が扱いやすい武器は何だろうと色々試行錯誤した結果、思い付いたのがタルワールの二刀流だった。
その愛用の武器を手に、センレイブ城の敷地内にある広い鍛錬場へ赴いたシャロットは、強化された武具を装備したレウス達と向かい合って再度口を開く。
「今回は手合わせではなく、あくまで武具のテストだ。だから君達とは戦う……と言うよりも、ええと……何て言えば良いんだ……ああそうそう、儂の攻撃を受けたり、儂に対して反撃してその威力を確かめる。これでやってみよう」
「反撃ですか?」
「そうだ。ダメージの軽減の為、儂は最高レベルの防壁魔術を掛けて貰っている。だからそちらも遠慮無く来て良いぞ」
「う、うーん……」
そう言われても、一国の皇帝相手に本気で武器を振るうのは気が引けてしまうのも当然のレウス達。
同じ皇帝と言う立場の人間でも、ソルイールの皇帝バスティアンであれば容赦無く武器を振るえたかも知れない。あの男にはむしろ、ガッツリと武器を振るってやりたいと何度も思わされていたからだ。
しかし今回の相手である皇帝シャロットは、バスティアンとは別の意味で厄介な皇帝だと思ってしまう。
自分に対して遠慮無くと言われても、レウス達は最初に誰がやるのかを決める為の第一歩がなかなか踏み出せない。
万が一の事態に備えて騎士団の団員や医師、魔術師達が同じ鍛錬場の中に控えているとは言え、その万が一の事態が起こらないとも限らないからだ。
その躊躇した様子のレウス達に痺れを切らしたシャロットが、それだったら……と自分から五人の方にツカツカと歩いて行く。
そして手を取って引っ張り出したのは、このパーティーのリーダーであるレウスだった。
「ならば君がまず最初だよ、レウス」
「お、俺ですか?」
「そうだよ。この様子では何時まで経っても話が進まないからな。それに君がリーダーなのだから最初に来るべきかと思っていたんだが?」
「は、はぁ……」
そう言われても困るレウスだが、自分から出て行ったとしてもこうして選ばれたにしても自分が最初にやらなければならないらしいので、覚悟を決めて自分の武器である槍を構える。
長さは勿論、強化されたとは言え重さも変わらない自分の槍が果たして何処までどの様に強化されたのか、そこに関してはかなり興味があるレウス。
仕上がり次第によっては、これから先の戦いがかなり有利になるかも知れないからだ。
「それでは最初に魔術でパワーを上げて連続攻撃をする。軌道は単純なものだしスピードも遅くしての攻撃だから、儂のこの攻撃を一分間で全て受け切ってみてくれ」
「はい」
レウスが槍を構えたのを見て、相変わらず豪華な服に身を包んだままのシャロットも両手に握ったタルワールを構えた。