137.おいしい話には裏がある
男二人揃って背中を流し合い、風呂から出たその翌朝。
シャロットが海犬亭に連絡を取って全員分の武器と防具をセンレイブ城に持って来る様に言っている間、レウスとソランジュは便利屋のホルガーが居るあのあばら家へと向かっていた。
「あの男、すんなりと断りの話を受け入れてくれるかしら?」
「大丈夫だろう。まだ依頼は昨日の今日なんだし、あの男が一人で俺達の武器と防具の素材をこんなに早く素材を集められるとは思えないからな」
ホルガーの話がシャロットが話していた通りのものだとするのなら、自分達はどうやらとんでもない相手に依頼をしてしまったらしい。
おいしい話には裏があるとは良く言ったものだが、まさにそのおいしい話を持って近づいて来たのがホルガーなのかも知れない。
彼の過去からしてセンレイブ城の関係者が彼の元に向かえば警戒されてしまうかも知れないし、何より依頼者が断りに来ないと言うのは余りにも不自然なので、五人を代表してレウスとソランジュがホルガーの元に向かう事になった。
前に来たばかりのあばら家のドアをコンコンとノックすると、まだ寝起きだったのかホルガーがちょっと寝ぼけ顔であくびをしながら出て来た。
「ふあ~……何だよ、あんた達か。どうしたんだよこんな朝っぱらから? 何かトラブルでもあったのか?」
「あー……ええと、実はあんたに頼んだ依頼をキャンセルしに来たんだ」
「へっ?」
寝起きで良く回っていなかった頭が徐々に覚醒し始めたホルガーを目の前にして、レウスはセンレイブ城からこのあばら家に来るまでの間にソランジュと相談して決めた内容で、当たり障り無く断る予定だった。
それがまさか、あの男の出現によって全てブチ壊しになるとはこの時思いもよらなかったが。
「実はお主に頼んだ依頼の額を捻出出来なくなってしまったんだ。ギルドの依頼でちょっと依頼人の荷物を壊してしまって、それを弁償しなければならなくなってしまってな。だから費用を工面出来ないんで、勝手な都合で申し訳無いがキャンセルをお願いしたい」
「あー……そうなの? いや別にそれだったら全然俺は構わないし、今日これから飯食ったらその素材集めに出発しようと思ってたからギリギリのタイミングだったな」
「すまないな……俺達の都合で」
「いや別に構わないよ。こういう事ってたまにあるし、別にそこまで気にしないから。だから機会があったらまた頼んでくれ」
「ああ。悪かったな。それじゃ行こうかソランジュ」
こうして無事に依頼をキャンセル出来て、後はセンレイブ城に戻る……だけの筈だったのに、まさかのタイミングでまさかの人物が現れた。
「……あれえっ!? お前等、何でこんな所に居るんだ?」
「えっ?」
「お主は……!!」
二人の目の前を通り掛かったのは、まさかのあの銀髪の男。
レウス達が騎士団に連行される切っ掛けになった、あの地下闘技場で用心棒を務めているサィードだったのだ。
この男に会いに行った事によって、北の古代穴の調査に向かって欲しいとシャロットから頼まれたのだから全く無関係では無いのだが、サィードが余計な事を言い始めた。
「聞いたよ。お前等って確か騎士団に連行されて今センレイブ城で色々と話が進んでいるみたいじゃないか」
「あ、いやそれは……」
「何でもあれだってな、北の方にある古代穴の調査に向かう予定でシャロット陛下直々に命令が下ったって騎士団の知り合いから聞いたんだけど、武器と防具は海犬亭に預けてあるんだろ?」
「お、おいちょっと黙ってくれないか……」
「まあそのおかげでギルドの依頼も受けずに、国からバックアップを受けられるみたいで良かったじゃねえかよ。……あ、悪い悪い。俺急いでたんだ。それじゃまた何処かで会えると良いな!!」
「え、あ……おいこらっ!!」
爽やかに早足で立ち去って行ったサィードだったが、残された三人の間には微妙な空気が漂い始める。
その空気の出所は勿論あの男だったのだが、色々と聞かされた話と違う事にレウスとソランジュをホルガーが問い詰め始めたのは言うまでも無い。
「おい、変な嘘をついてまで俺への依頼をキャンセルするなんて相当な訳ありらしいな?」
「いや違うんだよ。これにはちょっとした事情が沢山あってだな……」
「事情って何だよ。その事情とやらも信用出来ねえなあ? しかも皇帝直々に北の古代穴の調査の依頼を受けただと? これはどうやら相当な理由があって俺への依頼をキャンセルする……ん?」
妙に鋭いホルガーは、ここで何かにピンと来た表情になった。
「おい……まさかお前等さあ、俺の過去の話を聞いたからこうしてキャンセルしに来たんじゃないのか?」
「過去の話?」
「とぼけるなよ。きっとそうに違いねえ……騎士団の連中から俺が過去にやらかした詐欺の話を聞いて、慌ててキャンセルに来たんだろ!? だとしたらこのまま生かして帰す訳には行かないぜ!!」
「お、おい待て、話が飛躍し過ぎだ!!」
全てが頭の中で繋がったホルガーは、腰のハンマーの柄をを両方の手に握りしめて引き抜いて二人に向かって構えた。