133.釣り合い
「え……ドラゴンってもしかしてカシュラーゼが作り出した生物兵器って話が出ているあれですか?」
「そうだ。とりあえず立ち話も何だから、お互いに座って話をしないか?」
「あ……そうですね。失礼しました」
まっすぐカシュラーゼへと向かう予定がここに来て大きく狂い始めた。
この展開も、皇帝が暴君かそうでないかの違いだけであのサンドワームの闊歩しているバランカ遺跡に討伐に行かされたソルイール帝国の時と変わらないじゃないか、とレウスは心の中で毒づく。
この国の連中に自分がアークトゥルスの生まれ変わりだと伝えた、あのソルイール帝国の皇帝だけは崖から落としたあの後に死んだかどうかを確認してから来るべきだったと後悔してももう遅い。
そんなアークトゥルスの様子を見て、応接セットの向かいに座った皇帝シャロットは口を開く。
「誤解があったとは言え、君達には公務執行妨害の現行犯で逮捕されたと言う前科が残ってしまう。それにドラゴンと言えば君が五百年以上前から続いている因縁の様なものだろう。あれが合計で十匹この世界中に解き放たれたとあれば、君としても黙っている訳には行くまい?」
「つまり……公務執行妨害の罪を消すから俺達にドラゴンの討伐をしろって事ですか?」
「そうだ。飲み込みが早くて助かるよ」
「……それって、ちょっと釣り合いが取れていない様な気がするんですが……」
その瞬間、お供としてやって来ていた騎士団の人間や大臣達から口々に咎める声や罵声がアークトゥルスに浴びせられる。
それと同時に、アークトゥルスのパーティーメンバーである四人の女達からもアークトゥルスを咎める声が上がる。
「貴様っ、陛下に対して無礼だぞ!!」
「釣り合いはお前が考える問題では無いだろう!!」
「おいおいレウス、それは無いんじゃないのか?」
「次に陛下に無礼な口を利いたら私が叩き切るわ!」
「アークトゥルスだか何だか知らないが、ドラゴンの討伐はお前がやるべき事なのだぞ!」
「ちょ、ちょっとレウス……まずいわよ!」
「お主、もっと考えられる人物かと思っていたが……」
「そうだよレウス! 謝った方が良いって!!」
だが、そんな臣下やアークトゥルスのパーティーメンバー達を一声でシャロットは静める。
「……儂が今アークトゥルスと話しているんだ!! 外野が口を挟むんじゃない、黙っていろ!!」
その一言で、まるで水を打ったかの様にシーンと静まり返る応接室内。
どちらのメンバーも身体をビクッとさせる者が大半な上に、低いものの良く通るその大声量で大きな窓がビリビリと震えたのが分かった。
そしてそれは向かい合っているアークトゥルスも例外では無く、完全に意表を突かれて心臓がバクバク言っているのが服の上からでも十分に分かった。
グルリと部屋の中を見渡して場が静まったのを確認したシャロットは、改めてアークトゥルスにその釣り合いの意味を問う。
「……すまないな、見苦しい所を見せた」
「いえ、こちらこそ」
「して、その釣り合いと言うのは一体どんな意味かな?」
「んー、公務執行妨害の罪を帳消しにして、俺達を匿ってくれるだけではバランスが取れていない様な気がするんです。……陛下は、俺達がリーフォセリアからやって来た人間だってご存じですか?」
「ああ。君達を事情聴取した時の調書も預かっているから知っているよ。君達五人の内、アークトゥルスにそっちのアレット、それからエルザの三人がリーフォセリアのマウデル騎士学院の生徒なんだってな?」
「そうです」
「そして、そのマウデル騎士学院がドラゴンによって襲撃されただけで無く、何者かによって爆破された挙句にその犯人が逃走……ここまでは儂もリーフォセリアの若い王から話は聞いた。そしてその容疑者と思わしき者を追いかけ、我が国に入国した。ここまで合っているか?」
「はい、間違いありません」
皇帝直々の事実確認が終わった所で、今度はアークトゥルス達が丸腰なのを話に出すシャロット。
「そう言えば、確か武器と防具無しなのは確か城下町の店に修理を頼んでいたからだったな?」
「はい」
「そんな修理だけで大丈夫なのか? 恥ずかしい話だが……我が国は騎士団の人数が足りないから魔物の駆除が追い付いていないんだ。儂からは強化をお勧めするが」
「あ、それはもう城下町の便利屋に素材集めを頼みまして、その素材を使って強化をする予定なんです」
「便利屋……?」
「ええ、ホルガーって言う便利屋の男です」
だがホルガーと聞いた途端、シャロットの目つきが変わって不穏な話が始まった。
「……え? 待て、そいつは確か昔この国で詐欺をやって捕まったって噂になった男じゃないか?」
「陛下、その便利屋の事をご存じなのですか?」
便利屋のホルガーが詐欺で捕まった? しかもこうしてシャロットの口から事件の話が出て来ると言うのは、一国の皇帝が知っている様なレベルの犯罪を犯したのではないか?
シャロットからまさかホルガーについての話が出て来るなんて……と明らかに動揺するアークトゥルスの前で、当の本人は便利屋のホルガーの事について話し始めた。