132.皇帝ラトヴィッジ・アルマンド・シャロット
結論から言うと、五人は結局証拠不十分となって解放された。
闘った形跡が無い上に、そもそも丸腰だったと言う点も重なって戦える様な状況だったとはとても思えなかったとの判断らしい。
しかし、公務執行妨害についてはそうは行かなかったらしく、五人は牢屋からは解放されたもののセンレイブ城からまだ出して貰えないのだ。
「ここで待っていろって言われたけど……遅いわねえ」
「ああ。もう三十分以上待っているけど全然誰も来ないぞ」
「何時まで待たせるつもりなんだ、全く……」
アレット、レウス、エルザのマウデル騎士学院トリオは、自分達をこの応接室に閉じ込めておきながらなかなか現れないこの城の人物にイラつきを隠せない。
仕方が無いのでレウスが今の時点で使えると言う、かつてマウデル騎士学院の鍛錬場で試し撃ちをしていた光属性の魔術と闇属性の魔術を他の四人に説明したり、この国を建国したとされているトリストラムと自分が五百年以上前にどんな関係だったのかを話したりして時間を潰していたのだが、それでもまだこのイーディクト帝国の関係者はやって来ない。
窓の外は既に夕方を超えて夜になってしまい、そろそろ晩飯の時間だと言うのにこのまま待たされ続けるのは苦痛である。
「まさか五勇者の一人って言われているトリストラムと繋がりがあったなんてねえ」
「でも、アークトゥルスの生まれ変わりだと言うのであればそれは間違い無いだろうな。トリストラムと一緒にドラゴンを討伐した時の話もこうやって聞けたんだし良かったじゃないか」
「良かった……のかしら、それって……」
別に良いとか悪いとかの問題じゃ無いと思うけど、とソランジュに対してサイカがそう言った時、コンコンと部屋のドアがノックされた。
やっとこの国の人物のお出ましか……と思いつつ、のっそりとしたモーションでソファーから立ち上がったレウスがドアの前まで進んで返答する。
「どなたですか?」
「リーフォセリアとソルイールからやって来た人間達が居るのはこの部屋だな。入るぞ」
「いや、まず名のれよ」
自分の過去を話したりして時間を潰さなければならない程に待たされていたので、アレット程では無いにしろイライラしていたレウスは相手の無礼な振る舞いに思わす口からそんなセリフが出てしまった。
しかしこの後、無礼だったのは自分の方だったと思い知らされるレベルの相手が部屋に入って来たのだ。
「それはすまなかった。儂はこのイーディクト帝国の皇帝を務めている、ラトヴィッジ・アルマンド・シャロットだ」
「え、あ……シャロット皇帝陛下!?」
「そうだ。色々と話がしたいのだが、ここを開けて貰えないか?」
まさかの相手に、とんでもない口を聞いてしまった事で軽いパニックに陥ったレウスは思わず背後の四人の女達を振り返るが、彼の行ないに固まった彼女達の顔色はもう真っ青だった。
その中で何とか動けたソランジュが、手をブンブンと振って「ドアを早く開けろ!!」と小声で叫んでいる。
その彼女の指示に従い、これまでの人生の中で一番早くドアを開けたのではないか、と思える位のスピードで来客を招き入れた。
「どっ、どうぞ!!」
「失礼するよ」
臣下の騎士団員や大臣等を連れ立って五人の目の前に現われたのは、年を食っていると分かる声と動きに加えて、まるで雪景色の様な真っ白な髭を顔中に蓄えている壮年の男だった。
しかし、ヒゲと同じく真っ白な頭と深いシワの刻まれた顔からはイメージ出来ない程に足取りはしっかりしているし、体格だってもしかしたらあの銀髪のサィードにも負けていないのではと思える位に衰えていない。
凛々しさを残したダークブルーの瞳からはしっかりと力強さが伝わって来る。
その皇帝シャロットの佇まいに、もし自分が女だったら惚れていたかも知れないと思ってしまう位に見とれていたレウスに対し、どうかしたのかとシャロットが声を掛ける。
「どうした、儂の顔に何かついているか?」
「あ……いえいえ、ただちょっとボーッとしていただけです。先程は失礼致しました!!」
「良い良い、君の言う通りだよアークトゥルス。部屋に入る時は名乗らなければな」
頭を下げて謝罪するレウスに対し、シャロットは人当たりの良さそうな柔らかい笑みを浮かべて不問にしてくれた。
だが、彼のセリフにレウスは違和感を覚える。今、この皇帝シャロットは確か……。
「……ん、あれっ?」
「何だ?」
「いや、シャロット陛下は俺の事を今アークトゥルスって呼びませんでした?」
「ああ。そうだよ。君がアークトゥルスの生まれ変わりだとソルイールのバスティアン陛下から連絡を受けて、君を捕まえる様に言われているからそりゃあ知っているさ」
「なっ……」
今までの和やかなムードが一変し、一気に殺気立つレウス……いや、アークトゥルスの雰囲気を察知し、お供として一緒にやって来ていた臣下達も呼応して殺気立つ。
しかし、そんな一触即発ムードの両陣営を止めたのはシャロットだった。
「まあ、落ち着きなさい。儂は君達をどうこうするつもりなんて無いよ」
「えっ?」
「ソルイールの連中と揉め事を起こしたのも連絡が入って来ているが、あの皇帝は酷い男だっただろう?」
「……ええ、まぁ」
同情的な口振りにアークトゥルスが頷くと、シャロットは苦笑いを浮かべて頷いた。
「それはそうだろうな。ここでだから言えるが、あの男は儂も嫌いだ。だから君達がこの国を出るまで匿ってやる。その代わり頼み事があってここに来たんだ」
「頼み事ですか?」
「そうだ。北の古代穴を守る様に現れたドラゴンを、アークトゥルスとその仲間達の力でもって倒して欲しいんだ」




