128.便利屋ホルガー
「おい……あんた大丈夫か? 凄い汗かいてるけど」
「え……? あ、どうも」
五百年前のドラゴン討伐時の内容を記したその内容に、何時の間にか自分の額から汗が流れて制服の襟を濡らしている事に気付かされたレウスは、腕で汗を拭いながらその声の主の方に顔を向ける。
聞いた事の無い男の声だと思ってみればやはりそうだった。
黒い髪の毛をやや無造作に切っている、茶色の瞳を持っている若い男。恐らく十代後半から二十代前半だろうか。
袖無しの赤い上着の内側には黒のインナーを着込み、茶色のズボンを履いている。
体格や腕の太さ等を見る限りでは、細身だがちょっと筋肉質と言ったレベルの肉体を持っている。手には黒い革手袋を嵌めており、足にも同じく黒い革製の靴を履いている。
だが、レウスが一番気になったのは彼の腰の両側に黒いベルトでぶら下がっている二本の赤いハンマーだった。
鍛冶屋なのか? と考えるが、それにしてはやけに軽装だし革靴は鍛冶をするのには向いていないだろうと色々考えを巡らせる。
心の中で男の素性を探るそんなレウスに対して、探られている側の当人が再び口を開いた。
「どうしたんだ? 俺の顔に何かついているのか?」
「あ、いや別に」
「そうか。なら良いけど……具合悪いんだったら医者呼んで来ようか?」
「いいや、それも大丈夫。ちょっと暑いだけだったから」
「確かにそんなコート着てちゃ暑いだろうな。俺でもこんな薄着なのによぉ」
「……それは逆に寒いと思うがな。ともかく俺はもう行くよ」
一旦本を読むのを止めて図書館から出て行こうと立ち上がり掛けたレウスだったが、男の方はレウスの読んでいたその本の内容に興味があるらしい。
「あー、ちょっと待ってくれ」
「何だ?」
「あんた、何処か他所から来たんだろ? ここ等じゃ見かけない姿だし……それでこのイーディクトの歴史書を読んでいたのか?」
「まぁ、そんな所だ」
「へぇーっ、歴史書読む奴なんてよっぽどの物好き位しか居ないと思ってたから珍しいよ。で……この後あんたは何処かに行くのか?」
「……別にあんたに関係無いだろう。何で初対面の相手にそんな事を話さなければならないんだ?」
まだ出会って五分も経っていない相手に対して、色々と探られるのは正直自分でなくても気分が悪いと思うレウス。
何か意図があってこうして聞き出そうとしているのか?
もしかしたら親切な地元の人間を装った、あの赤毛のヴェラルとヨハンナの手先かも知れないので警戒心を剥き出しにして接する。
その彼の様子を見て、黒髪の男は両手を前に突き出して否定する。
「いやいやいや、そんなんじゃないよ。不愉快だったら謝るよ。ごめんな」
「正直、不愉快だな」
「悪かったって! ただあの……俺は便利屋をやっていてさ。何か困った事が無いか聞いてたんだよ」
「便利屋?」
「そうそう。指定の金さえ払ってくれたら何でもするよ」
一風変わった職業をしているんだなーと男を見る目つきが変わるレウス。
便利屋と言えば、それこそ雑談の相手だったり町のドブ掃除だったり……とにかく何でもやってくれるからこその「便利屋」と言うイメージが強い。
それを聞き、自分達に出来ない事をちょっと頼んでみようかと考えてみる。
「だったらさあ、武器と防具の強化をしたいと考えているんだけど……その素材集めって頼めたりするの?」
「素材? あー、それだったら全然お安い御用さ。グラディシラの周りの平原に行けば色々と魔物が闊歩しているから、そこで俺が対処出来る程度の魔物の素材だったら幾らでも集めて来てやるよ」
「ふーん、ああそう……だったら他にもさ、俺達みたいな余所者になかなか心を開いてくれない様な地元住民から、この国で起こっている話についての情報集めとかしてくれたりするのか?」
「それも全然構わないよ。情報の内容にもよるから軍事機密とかは流石に無理だけどさ」
それを聞き、もしかしたら使い様によってはかなり作業が捗るかも知れないとレウスは考えた。
武器の強化は出来ればここでやっておきたいし、もしかしたらカシュラーゼに行くと言って消えてしまった赤毛の二人がこの国に居るかも知れないので、メンバーの女達と相談してから決める事にする。
「分かったよ。ちょっと連れの女達と相談してから考える。あんた、名前は何て言うんだ?」
「俺はホルガー・アンハイサー。グラディシラではそれなりに名前が売れている便利屋さ」
「ホルガーだな。もしかしたらまた会えるのは明日になってしまうかも知れないが、普段はここに居るのか?」
「ああ。と言っても図書館に来たのはたまたまで、普段はここから少し先に行った、茶色の屋根のあばら家で生活してる。『アンハイサーの店』って看板が掛かっているからすぐに分かる筈だ」
「茶色の屋根のあばら家で、アンハイサーの店……だな。今日会いに行くかも知れないし、明日になるかも知れないし、もしかしたらこれっきりになるかも知れないが、機会があればよろしく頼む」
「良い返事を期待してるぜ」
今の所で頼めそうな仕事はあるにはあるが、実際に頼むかどうかは分からない。
まずは女達と相談してから考えようと、読んでいた本を戻してレウスは図書館を後にした。