10.修羅場勃発
今までの疲れからかだいぶ腹も減っていたので、夕食はレウスがゴーシュよりも先に平らげてしまった。
そんな彼の様子を見て、アレットが次の提案をする。
「そうそう、貴方……お風呂入る?」
「風呂……ああ、入るよ。結構疲れたし……」
学院の中にある「シャワー」と言う設備を兼ね備えた風呂で身体を洗えるらしいので、レウスはそれをありがたく使わせて貰う。
魔術テクノロジーを駆使して二百年程前に生まれた設備で、五百年前からすると考えられないものだ。
レウスの住んでいる田舎町では町長の自宅にある位のレベルのものであるが、都市部ではそれなりにこのシャワー設備が普及しているらしい。
水とお湯を調節出来るレバーを捻って、上手く温度調節をするやり方は何回かこの風呂の利用経験があるゴーシュが教えてくれたので、レウスは自分以外の利用者が居ない浴場で疲れを癒す。
「はあ……この五百年で大分技術も進歩したもんだな」
誰に語りかける訳でも無い独り言がだだっ広い浴場内に響くが、脱衣所で誰かが聞いているかも知れないので声のボリュームは抑え気味である。
この五百年後に転生して十数年経った今になって、自分の知らない進化があるのだと改めて実感しながらレウスは身体を洗うべく湯船から出る。
しかし、そこで風呂に欠かせないある物が無い事に気が付いた。
「あれっ、石鹸が無いな?」
どうやら備え付けの石鹸が切れてしまっているらしく、これでは身体が洗えない。
浴場から続く外の露天風呂の何処かに置いていないのかと考えたレウスはそっちも見てみるが、やっぱり無かった。
(うわー、参ったなこりゃあ。石鹸が無いと洗った気がしないぜ……)
ここまでの旅路もなかなか距離があったので、汗をしっかり洗い流すならやっぱり石鹸が欲しい。
まさかここに来て石鹸が無いなんて……と思っていると、彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「……でさあ、その人が私達に突っ掛かって来たんだけど……」
「ええー、でもそれってさ……」
「あははっ、変な話ねえ……」
(あれ、この声は……アレット達かな?)
どうやら、自分と同じタイミングで露天風呂に入っているらしいアレット達が仕切りの向こう側に居るのを察したレウスは、彼女達に石鹸を分けて貰うべく仕切りに近づく。
声が良く聞こえそうな場所は……と見渡してみると、丁度地面が上手い具合に高くなっている場所があるのに気が付いた。
「お、ここからなら声が聞こえそうだな。おー……」
「何をしているっ!!」
「うおっ!?」
ダイレクトに声が届きそうな場所から声をかけようとした瞬間、突然聞こえて来た聴き慣れぬ声の主にレウスは右肩を右手で掴まれて引っ張られた。
思わずしりもちをついてしまった彼が声のした方を見上げてみると、そこにはピンク色の髪を短く切り揃えて引き締まった体躯をしている、見知らぬ若い男の姿があった。
そしてこの男は、レウスに向かってとんでもない事を言い出したのだ。
「あんた、今そこから女風呂の方を覗こうとしただろう!?」
「……はい?」
おいちょっと待ってくれ、それは完全に勘違いだぞ。
レウスはそう言おうと口を開きかけたものの、この騒ぎに気が付いた女風呂の方からアレット達が顔を出した。
「えっ、何……覗き!?」
「きゃああ、誰かあああっ!!」
「へ、変態よーっ!!」
「ちょ、ちょっと待て待て待て、違う違う!!」
「動くなっ、怪しい奴め……大人しくしておけっ!!」
決して覗きをしようと思っていた訳では無い事を信じて貰おうとするのに気を取られたレウスは、ピンクの髪の毛の見知らぬ男に一気に組み伏せられてしまった。
湯で濡れた地面の感触を頰に感じながら、レウスは自分の不運を呪うしか無かったのである。
◇
「……だから、俺はただアレットに石鹸を少し分けて貰おうとしただけなんだって!」
「しらばっくれるのも大概にしろ」
自分を尋問しているピンクの髪の男やエドガー、更には自分の父であるゴーシュにまで囲まれながらも、レウスは必死に自分の無実を証明して覗きなんかでは無いと認めて貰うべく弁明する。
が、自分以外の全員の目が冷ややかなのがヒシヒシと伝わって来るので、無意識の内に声にもハリが無くなりつつあった。
「それを誰が証明出来るんだ?」
「誰がって……いや、そりゃ居ないけどさ。でも親父なら分かっているだろうがよ。俺がそんな覗きなんかする人間じゃ無いってのが!!」
「まあ、そりゃお前は真面目だからなあ。でも一時の気の迷いってのもあるかも知れないしな」
「おいおいおいおい!?」
真面目な話をしているのに何て事をこの親は言い出すのかと焦るレウスだが、このままこうやって押し問答を続けていても話は平行線のまま進まないだろう、と考えていたこの学院の責任者のエドガーが解決案を提示する。
「レウスは女風呂を覗いていないと言っている。実際に彼が覗いているのはアレットやエルザから見えたのか?」
「いいえ、セバクターの叫び声で気が付きました」
「そうか……そうなると、セバクターの勘違いと言うのも十分に考えられるな。だったら……良し、俺の代わりにセバクターと手合わせをして、レウスが勝ったら無実だと言う事にしようじゃないか」