123.秘密の闘技場
通話も終了し、このイーディクト帝国でしばらく時間を潰さなければならなくなったレウスは、ソランジュの案内でグラディシラの街中を観光しに行った女達を捜しつつ、せっかくなので自分も観光してみるか……とブラブラ歩き回り始める。
改めてこうしてグラディシラの街中を見回ってみると、リーフォセリアの王都カルヴィスよりも遥かに商店や工房の数が多い事に気付かされるレウス。
(流石に商人と職人の国の首都なだけはある……これだけ数多くの商人がお互いにしのぎを削っていて、腕自慢の職人達が自分のその腕によりをかけた物を作っているって事だよな)
日常生活で必要な服、靴、食べ物に飲み物、それから自分達の様に戦場に身を置いている人物に必要な武器とか防具、魔術関係の書物、家を建てる為に技術を磨く建築家、人足達の確保を仲介する業者、家具屋に土木作業専門の職人達……レウスがパッと思い付くだけでこれだけの職業がある。
エンターテイメントにも力を入れているらしく、大道芸人がそこらで芸を披露していたり温泉宿で混浴を堂々とアピールしていたりと、色々とギリギリな営業内容の看板も見受けられる。
確かにこれなら、商工に秀でている帝国と言われているのも納得の賑わいっぷりであるが、アンダーグラウンドな世界でもそれは同様らしい。
「地下の闘技場?」
この広いグラディシラの街中に散らばってしまったのかも知れない女達を捜すべく、色々な場所で彼女達を見掛けなかったか聞いて回っていたレウスの武装した姿を見て、武器屋の店主がこのグラディシラの地下にあるとされる秘密の闘技場の話を教えてくれた。
(そう言えば、前にも誰かからそんな話を聞いた気がするなあ……)
リーフォセリアやソルイールには闘技場があるのだが、このイーディクト帝国には表立った闘技場と言うものは存在していないとの話である。
帝国騎士団の人員も少なめであり、争いを好まない国民性もあってか例のカシュラーゼが領土問題で揉めていた時には色々と物資のバックアップをしていただけに過ぎないらしい。
だがやはり、全員が全員争いを好まないのかと聞かれればそうでは無く、そうした者達が秘密裏に戦いで自分達の実力を試すべく地下闘技場があるのだと言う。
騎士団の摘発を逃れるだけあって開催は不定期だが、時と場合によっては好戦的な隣国ソルイールに負けず劣らずの実力者が参戦する事もあったりするので、なかなか面白い戦いが見られるらしい。
その武器屋の主人曰く、次の開催は丁度明日だとの情報だ。
(とは言うものの、俺達は別に戦いに来た訳じゃないからな……俺は興味も無いし他の四人には黙っておくか……)
しかし、レウスがそう思っていても他のメンバーは違うらしかった。
何故ならやっとの事で合流出来たパーティーメンバー四人の口から最初に出たのが、その地下闘技場の話だったからだ。
「なあなあレウス、地下に闘技場があるって話を聞いたんだが、良かったら行ってみないか?」
「……別に観光に来た訳じゃないんだがな。行くのは構わないが、参加するのは無しだぞ?」
「大丈夫だ。これからカシュラーゼに向かうに当たって無駄に戦っている暇は無いからな」
言い出しっぺのエルザがそう宣言したので、レウスは彼女の言葉を信じて武器屋の店主に教えて貰った地下の闘技場へと、自分の両親との通話の内容を話しながら向かう。
反対にパーティーメンバーの女達からは、素材集めで儲けた金を使って魔力強化のアクセサリーを買ったり、ソランジュのオススメの屋台でイーディクト名産の肉を使った串焼きを堪能したりと、かなり楽しかったらしい話がレウスに語られた。
お互いに話す事がかなりあったせいか、何時の間にか五人はグラディシラの外れの裏路地にあるその闘技場の出入り口に辿り着いていた。
「ソランジュはここに来た事は無いのか?」
「場所は知っていたが、中に入った事は無い。私は商人としての教育を色々と受けていたから、グラディシラから出るまでは戦いとは無縁の人生だったからな」
「そうか。それじゃ私達全員ここに入るのは初めてと言う事だな。それじゃ中に入る為に……ええと……ああ、これだ」
エルザはレウスから預かった、レウスが武器屋の店主から「闘技場に入るんだったらこのメモを見せれば入れてくれるぞ」と渡されていたメモを出入り口のそばに立っている、銀髪の屈強な戦士の男に見せて中に入る手続きをする。
若干、その男は五人の姿を見て訝しげな表情を見せたがすぐに無言でメモを返し、出入り口のドアを開けて中へと促した。
結局の所、レウスの父ゴーシュがこっちに来るかも知れないと言う事で一時的にこのグラディシラに滞在しなければならなくなった以上、こうして時間を潰さなければ暇で仕方が無いのが現状なのだが。
そんな五人は銀髪の男に案内されて、地下に繋がる階段を進みその奥の通路の突き当たりにあるドアへ向かう。
ドアの向こう側からは、グラディシラの賑やかかつ穏やかな雰囲気なんて微塵も感じられない位の声援や罵声、そして熱気が伝わって来ていた……。