121.「アレ」の噂
「私達には関係が無さそうだが、どうやらこのイーディクトでもあれが来ているらしいな……」
「そうね。やっと私達もまた魔術が使える様になったって言うのに、そんなのが相手じゃ勝ち目は無いに等しいわね」
その後、護衛任務は沢山の魔物に襲われながらも無事に平原を踏破して、グラディシラに辿り着いて終了した。
魔物討伐による素材も全部で実に二十袋分が溜まって、当初の予定していた依頼達成の金額のおよそ四倍を貰う事が出来たので、レウス達のパーティとしては嬉しかった。
しかし、その別れ際に商人から気になる噂を聞いたレウス達の間ではその話題で持ちきりだった。
パーティーのリーダーのレウスに至っては、国境近くの村を出る前に約束した母親ファラリアへの連絡も思わず後回しにしようと決めてしまう位の話だったからだ。
グラディシラの食堂で食事をしながら、商人から聞いたその「アレ」についての話をみんなで纏めてみる。
「まさか、この国にもドラゴンの生物兵器が居るかも知れないなんて……」
「ああ。カシュラーゼが開発したとされている十匹の内の一匹がこの国に来ているとなれば、確かにこの魔物の異常発生に関係があるかも知れないな」
今となっては遠い過去の様に思える、マウデル騎士学院爆破事件の前に襲来したあの黒いドラゴン型の生物兵器の事を思い出す、そのマウデル騎士学院に在学しているレウス、アレット、エルザの三人。
実際はまだまだそんなに月日が経っていないので記憶に新しいのも当然なのだが、学院が爆破されたり自分達が誘拐されたり、ソルイール帝国の皇帝達を崖から落として逃走したりと生物兵器襲来以上の出来事が次から次へと襲い掛かって来ているので、ここに来て「そう言えばそんな事もあったっけ……」と思い出すレベルの話でしか無くなっていた。
「でももしそのドラゴンに遭遇したとしても、レウスの魔術でまた一撃なんだから楽勝よ!」
「……いや、それは分からないぞ」
「え? それはまたどうしてかしら?」
前にエルザから聞いた、騎士学院での生物兵器撃破の話から今回もまたどうにかなる……と楽観的な話を持ち出すアレットだが、それを否定したのは他ならぬレウス本人であった。
彼は彼なりの意見があるらしい。
「前回が楽勝だったからと言って、今回もそうだとは限らない。カシュラーゼが開発したとされるドラゴンが十匹って噂も嘘かも知れないからな。敵がどれだけ強大なのか分からない以上は慎重に行動すべきだと思う。つまり……今回のドラゴン型の生物兵器が前回の生物兵器よりもパワーアップしているかも知れないし、違う状況下で生み出されたものかも知れないだろう?」
「うーん、そう言われてみると確かにそうかもね」
そのレウスとアレットのやり取りを黙って見ていた三人の内、地元民のソランジュが口を挟んで来てレウスに質問する。
「ならば、お主が考える別の生物兵器と言うのはどんなのだと思う?」
「俺か? 別のって言われても俺はカシュラーゼとやらの人間では無いから分からないな。今の時点で考えられるのは、このイーディクト帝国内で噂になっている生物兵器があの学院を襲った奴よりも途方も無い程に大きいものだったり、反対に大きさは小さくても強大な魔術を使いこなしたり、攻撃力が高かったり、空を飛ぶスピードが速かったり、防御力が尋常じゃなかったり……みたいなものだろうか。実際に対峙してみないと分からないから、あくまで今は憶測でしか無いんだけどな」
その予想を覆して、他の九匹もマウデル騎士学院を襲って来たあれと同じ様なレベルばかりなのかも知れない。
しかし今回は絶対に戦わなければならない訳では無いし、元々ソルイール帝国からそのままカシュラーゼに向かう予定だったのが急遽変更になってこうしてイーディクト帝国内を進んでいるだけなので、自分達には関係の無い話だと割り切っていた。
「言っておくが、戦おうなんて考えるんじゃないぞ。俺達の目的はこのイーディクト帝国を抜けてそのままカシュラーゼに行く事だ。不要な戦いは避け、カシュラーゼに向かう事だけに専念するんだ。分かったな?」
「……うん」
地元民のソランジュの顔つきが一瞬曇ったのが分かったが、生物兵器の話もあくまで噂にしか過ぎないので、本当に居るかどうかすらもまだ分かっていない。
護衛をしていた商人の話によれば、このグラディシラから遠く離れた北の方で大きな穴が見つかったらしい。
そしてそこを守る様にドラゴンが居るらしく、帝国研究所の分析によればそのドラゴンこそがカシュラーゼから世界各地に解き放たれた生物兵器の一匹なのでは……との見解だ。
帝国騎士団員や魔術師達も討伐に向かっては撤退を繰り返しているらしく、まるで歯が立たないらしい。
ただし全ては商人仲間から人づてに聞いた話なので、そのドラゴンの生物兵器と思われるものの大きさや繰り出す技に関しては謎の部分が多いらしい。
そしてレウス達もこうして商人から聞いた話なので「らしい」や「だろう」と憶測でしかモノを言えないのが何処かもどかしかった。