111.三人の異変
男一人、女四人という偏りがちにも程がある男女比のパーティーは、これまでの戦いで疲れていた事もあってその日は漁村で一泊してからまた川を下り始めた。
サイカ曰く、このソルイール帝国の帝都ランダリルはかなり高い位置にあるらしく、海側から来るとなるとどっちから進んでも初めは上りになり、帝都ランダリルを境目にして今度は下りになるらしい。
つまりまだまだ川を下らなければならないので先が長くなるとの話だった。
しかし、それよりもレウスには気になっている事があった。
前にふと感じた、身体の妙な熱さがここに来てまた熱くなっている気がするのだ。
レウスはこの熱さの原因が何なのかを突き止めたいのだが、今はあいにくそういう状況では無いので無事にこのソルイール帝国から脱出出来たらの話になる。
その事を漁村の食堂でみんなに話すと、レウスも予想していなかった答えが返って来た。
「え? レウスもなの?」
「アレットもそうなのか?」
「おいちょっと待て、私も同じ状況だぞ」
何と、その熱さを感じているのは自分だけでは無くアレットとエルザも同じだったらしい。
身体の奥から込み上げて来る熱さの原因を突き止めるべく、さっさとこの帝国から抜け出してカシュラーゼで調べて貰いたい所である。
ソランジュとサイカは何とも無いらしいので、そこがまた不思議だ。
◇
翌朝、漁村に別れを告げて五人は船で再び川下りをしていたのだが、ここで思わぬ事態が襲い掛かって来た。
「やだ、雨……」
「うわ、しかも本降りじゃないか!!」
急激な天候の変化によって降り出した雨。
その雨は川の増水を招き、五人が乗っている船の進行を妨害し始めたのだ。
これが人間や獣人、もしくは魔物が相手だったらどうにかなるのかも知れないが自然の力には抗う事は出来ないので、手近な所で船を降りて森の中で雨宿りする事にした。
降りが強い分、しばし待っていれば止むだろうと予想していたこの雨だったが、その予想もどうやら外れた様で勢いが収まる気配は無い。
「参ったなこりゃあ……」
「そうね。この森を抜ければ山の方に出て、そこから一気にイーディクト帝国側に向かって降りられるんだけど、私達が向かうのはイーディクト帝国じゃなくてカシュラーゼだからそっちには用が無いものね」
サイカが森の別の方向を指差してそう話す一方で、ソランジュがこんな心配を。
「しかし、逃げるとなれば何時までもここに留まっている訳にもいかないだろう。相手はあの皇帝が率いているソルイール帝国騎士団だからな。自分の思い通りにならない事を一番嫌うあの皇帝が、城に火をつけて逃げた人間の事を何時までも放っておく訳が無いだろうし」
「うん、それは言える」
「でも正直、城を燃やされてざまーみろって感じよねー」
「はっはっは、確かにそれも言えるよな。あいつが今まで好き勝手やってたツケがここに来て回って来たってもんだろう!」
ソランジュの発言に、その皇帝の蛮行を目の前でまざまざと見せつけられたアレットも頷いて同意する。
エルザも笑いながら同意するが、そんな五人の元に少しずつ確実に脅威は迫っていた。
とりあえず雨が止むまでここからは動けないので、レウスは自分以外の四人の女にここでもう一度、アークトゥルス時代からずいぶん様変わりしてしまった現代の話を聞いてみる事にした。
例えば、そう……これから自分達が向かう予定のカシュラーゼと言う国についてだ。
「カシュラーゼねえ……カシュラーゼは正直、私は行きたくないのよね」
「えっ、そうなのか?」
「うん。だってあそこ、変な実験を行なっているって噂があるからねえ」
「実験か……」
サイカが嫌そうな表情で語るのも無理は無いだろうな、とレウスは思い返す。
あのドラゴン型の生物兵器を生み出したのもそのカシュラーゼだと言う噂があるし、他にもこのソルイール帝国の皇帝に負けず劣らずのかなり強引な面が目立つ国らしいのだ。
「そのカシュラーゼの南西にある国……ヴァーンイレス王国って言うんだけど、そことカシュラーゼとは長年領土問題で揉めていたのよね」
「揉めていたって事は、今は解決したのか?」
「いや、解決って言うよりも制圧だ。今サイカが言った領土問題がなかなか解決しない事に業を煮やしたカシュラーゼに潰されてしまったんだよ。お主に色々やったあの皇帝とは、違った方向で危ない国だ」
「潰した……?」
「そうそう。貴様はその事を誰からも教わらなかったのか?」
「いいや、全然」
レウスの返答にサイカもソランジュもエルザも呆れ顔だ。
アレットも「信じられない」という顔でレウスを見るが、ここでちゃんと説明しておこうと彼女が口を開いた。
「カシュラーゼと仲の良い国……このソルイール帝国もそうなんだけど、そうした国が同盟を組んで一斉にヴァーンイレスを攻めに来た為に、あえなく王国は敗北してしまって滅亡したのよ。元々は軍事力よりも畜産や農耕が盛んな国だったから、尚更軍事力では敵わなかったのよね。でも……王国自体は滅亡してしまったものの王国領土内の町はまだ生きてるのよ。それで生き残っている国民達は何時の日か、ヴァーンイレス王国再建を目標としてその野望を胸に日々色々と復興活動を続けているんだけど、なかなか思う様な成果は上がっていないらしいわ」