110.川下り
「カシュラーゼだって?」
「ああ。俺達はそこで待っている。それまでは女どもはどうでも良いが、レウス……いや、アークトゥルスには死なれたら困るんでな」
それと、とヴェラルが弟子のヨハンナに向かって顎で合図を送ると、心得た様子で彼女は持っていた大きな麻袋の中からガサゴソとある物を取り出した。
その物体を見たアレット、エルザ、ソランジュの三人がそれぞれ声を上げる。
「はい、これって貴女達のよね?」
「えっ、それって私のロッド?」
「私のバトルアックスじゃないか!」
「私のロングソードまで……お主、まさか回収して来てくれたのか?」
「うん。お城の中を色々見回ってたら騎士団員の休憩所に保管されていたから、ついでに持って来たのよ。感謝してよね」
ますます訳が分からない。
こうやって自分達の脱出の手引きをしてくれただけで無く、武器まで回収してくれるなんてこの二人は本当に敵なのか、それとも味方なのか?
自分達に対して損得勘定で動いているのか? と疑問は尽きない。
「……こうやって武器まで回収して来たって事は、最終的にカシュラーゼで俺に何かをさせるつもりなのか?」
「そうなるわね」
ヨハンナの頷きで一体俺に何をさせるつもりなのかと不安になるが、大体想像は出来るレウス。
恐らく、こいつ等の企んでいる事は……。
「お前等、ドラゴンの復活を目論んでいるんじゃないのか? だからあのバランカ遺跡の方にも向かったって目撃情報が俺にも届いたんじゃないのか?」
「……かもな」
「返事が随分曖昧だな?」
「それはまだお前に言う時じゃない。それに俺達はお前に死んで貰っては困るから助けただけなんでな。ここから先の事は俺達は関係無い。カシュラーゼでお前達を待っているぞ」
それだけ言い残し、魔晶石を取り出したヴェラルはヨハンナと一緒に青白い光に包まれて消えて行った。
何だかんだで助けてくれたらしいが、まだまだ川は続いているのでもっともっとここから離れないと追っ手が来るだろう。
なのでここは、このソルイール帝国の地理に詳しいソランジュとサイカに話を聞くレウス。
「とにかく脱出出来たんだし、ここから先はまたこの船に乗って川の下を目指そうと思うが、ここから下って行くと最終的に何処に出るのかソランジュとサイカは分からないか?」
「ここからだと……ええと、この川は北東に向かって進むから丁度イーディクト帝国とカシュラーゼとの間にある海に出る筈よ。本当は帝都の反対側にも川が通っていて、そっちに抜けると南側に川が流れているから一気にアイクアル王国に行けるのよね」
「ってなると、そのままカシュラーゼに行っちゃう方が良いかも知れないわね」
「そうだな。私達がカシュラーゼに誘われているのなら、さっさと行ってさっさとリーフォセリアに帰りたいものだ」
アレットとエルザで次のルートは何処にするかの結論を出したので、だったらさっさとここからもっと遠ざかるべく舟を漕ぎまくる。
レウスの唯一の心残りと言えば、あの傍若無人な皇帝バスティアンに一泡吹かせてやれなかった事だ。
しかしそれも城が燃え盛っている事でチャラかな……と思いつつ、そのまま川の流れに舟を任せて下って行く。
◇
そして昼になって、一行は川のほとりにある小さな漁村へと辿り着いた。
考えてみればロクに食事も摂っていないので、ここで腹を満たしてからまた川を下って行こうと決める。
「はぁー、ここまで来れば何とかなったかしらね」
「そうね……でも、貴女まで巻き込んじゃったみたいでごめんなさい」
「そうだな。お主を巻き込んでしまったのは私達のせいだな」
気が付いてみれば、帝都ランダリルの宿屋で働いていたサイカまで一緒にここまでやって来てしまった。
最初に泊まらせてほしいと頼んでいなければこんな事にならなかったのに……と彼女以外の一行は罪悪感を覚えるが、当の本人は快活な性格もあってか至ってケロッとしている。
「良いの良いの、私が一緒にバランカ遺跡に行っちゃってから、こうなるかも知れないって心の何処かで予想はしてたからね」
「でも、これ以上私達と一緒に居ると危険だ。もうここで私達とは離れて、ランダリルに戻って宿屋の仕事に復帰した方が良い」
そんなサイカに対してエルザが職場復帰を促すが、彼女は首を横に振って拒否する。
「いや、もう無理でしょ」
「何故だ?」
「だってほら……あの騎士団員達によって私の借家の住所がバレているからもう戻れないし、何よりバランカ遺跡で私とレウスでこのソルイール帝国のギルドの若手冒険者のエジットを退けちゃったからね。そのエジットが逃げちゃったって事は、恐らく彼と仲が良いセレイザ騎士団長の耳にも私がレウスの仲間として情報提供されている筈。帰っちゃったらそのまま騎士団に拘束されて、拷問を受けて貴方達の行き先を吐かせられるのは目に見えてるもの」
だから私もみんなと一緒に行くわ、と言われて一行は戸惑いの色を隠し切れない。
「それは確かにそうだが……本当に着いて来ても大丈夫なのか?」
「着いて行っても地獄、戻るも地獄だったら少しでも生き延びる事が出来る方の地獄に賭けたいのよね」
「そうか……」
こうまで言われてしまっては、彼女のパーティー入りを断れない様である。