8.学院長エドガー
「久し振りだな、レウス」
「お久し振りです、エドガーさん」
「え……貴方って学院長と知り合いだったの?」
レウスと、自分達がレウスに会わせたがっていた人物とのやり取りを目の前で目撃したアレットとエルザが共に目を丸くする。
今まで完全な部外者だと思っていた筈の人物が学院に関わりがある……それも、まさか学院長の知り合いだと言う事になれば驚かない方が無理だ。
そのエルザのセリフを聞いた、レウスに会わせたがっていた人物ーやたらとガタイの良い黒髪の中年男ーが簡単に説明をする。
「ああ。俺とこのゴーシュが昔コンビを組んで冒険をしていてな。そしてこの男がゴーシュの息子だ。まだもっと子供だった時にも何回か面識があるんだぜ」
「そ、そうだったんですか……」
「それならそうと早く言ってくれれば良かったのに!」
「……別に聞かれてもいない事を話すつもりは無かったからな」
アレットとエルザに対して何処かぶっきらぼうに話すレウスの前に座っている黒髪の男こそ、現在このマウデル騎士学院の学院長の座に居るエドガー・グルーバーである。
オールバックの黒髪に、ゴーシュと同じくヒゲを蓄えている顔つき。仕立ての良い赤い上着に黄色いズボン、茶色のロンググローブとブーツと言う、一見すると何処かの貴族と思われる事もありそうな身なりをしている。
だが、こうして目の前に立っているだけでも分かる位のこの威圧感は彼の体格が立派なだけでは無いだろう……とレウスは思っていた。
ゴーシュと同年代の四十六歳で中年真っ盛りの彼が自分で言っている通り、かつてはゴーシュとコンビを組んで世界中を冒険していた。
今ではその冒険で培った人脈を駆使してゴーシュが商人として活動している一方、エドガーは冒険の中で得た自分なりの騎士としての知識や戦い方を若者達に伝授する役割を任せて貰う立場として、騎士学院の学院長に就任したのであると言う事をアレットとエルザに説明する。
「そう言えば親父、色々と冒険の事を話していたけどあれもエドガーさんと一緒に過ごした日々の一部なのか?」
「そうなるな。騎士学院の物資供給とかが俺の商家に任されているのもこうした繋がりがあってこそだ。だから人脈は大事なんだぞ、レウス」
「人脈ねえ……」
それが良い人脈なら確かに大事にしておいて損は無いけれど、と前世の記憶を振り返りながら呟くレウスだが、そんな彼にエドガーから一つの事実が告げられる。
「そういやよお、俺とエルザが親戚だって話は聞いてんのか?」
「へっ?」
ちょっと待て、その話は初耳だぞとレウスは目を丸くした。
「え、いや……全然そんなの初めて聞きましたけど。お前とエドガーさんって親戚だったのか?」
「ああ。私の叔父さんだが、何か文句あるのか?」
「いや、別に文句は無い。単純に驚いただけだ。それだったらあの偉そうな態度も納得するよ」
「何だと、貴様あ!!」
「ほらほら、喧嘩するなっての」
ファーストコンタクトの時から偉そうだったこのエルザの態度が、学院長の親戚だと言うのが理由だったとなれば、その権力を使って威張り散らしていても不思議では無いだろうとレウスが率直に感想を述べた所、エルザがカッと来て腰に下げたハンドアックスに手を掛けた。
しかし、それを見てすぐにゴーシュが仲裁に入ると共に息子から聞いた話を思い出してこちらも納得する。
「ああ、そーいや二人は一回戦ったって言ってたな」
「そうなのか?」
「らしいよ。俺もそこまで詳しくは聞いてないんだけど、最終的にウチのレウスの勝ちで終わったんだと」
「あ……あれは私が油断したんだ。本気を出せば私が負ける筈なんか無いんだよ!!」
「とは言え、今の話が本当なら負けたのは事実だろーが。違うのか?」
「くっ……」
エドガーの指摘にエルザは言い返せなかった。
どんな形であれ負けは負けなのだし、自分が負けた事実は覆らない。
そんなエルザを横目で見ながら、エドガーはレウスが自分の親戚とどうやって戦って勝ったのかの説明を求める。
それについてレウスがエドガーに説明すると、それを聞いた彼は驚きの声を上げた。
「懐に飛び込んで打撃一発でケリ付けただぁ?」
「ええ、そうです」
「そりゃー大したもんだな。いや、エルザは身内びいき無しでこの学園の学生達のトップに君臨している学生だからよぉ、負け知らずって事で将来はリーフォセリアでも歴代で数人しか出ていない女の騎士団長になれるんじゃねえかって俺も思ってたんだ。だけどレウスがまさかそのエルザをあっさり倒すなんて……やるじゃねえか。だったら俺にもその腕を見せて貰いてえな」
「えっ……」
まずい、話が面倒臭い方向に転がり出した。
エドガーのその要望を目の前で耳にしたレウスは直感的にそう思ったが、この状況で断れるかどうかはこれからの自分次第だと気を入れ直す。
「い、いや別にまぐれですよまぐれ。だって俺はまともに戦った事無いし……」
「嘘をつけ!」
エルザの力強い声によって自分の声が遮られたレウスは、苦々しげな目で彼女を見る。
せっかく戦わずにこの場を切り抜けられるかも知れないチャンスは、当事者の一人でもあるエルザによってゆっくりと潰され始めた。